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June 25, 2019

米国ウルフ揮発油安全灯(ガス検定用)

 

Amewolf1 Amewolf2 Amewolf3   アメリカ国内で使用されたウルフ揮発油安全灯のうちでもメタンガス簡易検定用に特化したタイプのバリアントです。こちらのウルフ揮発油安全灯の中でも第一次大戦以前にドイツ国内で製造されてアメリカ国内に輸入されていたものです。というのも第一次大戦までは特許の関係もありすべてのウルフ安全灯はドイツ国内で製造されたものがアメリカに輸入され、WOLF SAFETY LAMP OF AMERICA INC.のオーバルタイプの銘板が油壷に張られた状態で販売されていました。この時代のWOLF AMERICAの所在地はニューヨークですが、第一次大戦中は当然の事ウルフ安全灯の輸入は途絶えます。このときにMade in U.S.A.の揮発油安全灯としてアメリカの安全灯市場に登場したのがKOEHLER(ケーラー)揮発油安全灯です。おりしも1915年にアメリカ鉱山監督局(UNITED STATES BUREAU OF MINE)の保安規則が変わり、形式認定を出した安全灯しか坑道内で使用出来なくなり、当時第一次大戦で敵国ドイツのウルフ安全灯はアメリカで形式認定を取る事も製品を輸出することも出来なかったこともあり、市場でのケーラー安全灯の台頭を許すことになります。実際にウルフ安全灯がアメリカ鉱山監督局の形式認定を得たのが鉱山保安規則改正から5年後の1920年ということで、この時点で敗戦国ドイツでは未曾有の敗戦後インフレで部材の調達もままならず、このときからアメリカ国内でウルフ安全灯を製造することになり、本社もニューヨークからお隣のブルックリンに移転し、油壷に張られた銘板にも本社がブルックリンの住所に変わりました。この時までにアメリカ石炭鉱業監督局に形式認定を受けた安全灯を生産するメーカーはケーラー、英国アイクロイド&ベストとウルフの3社だけでその後50年間にわたり安全灯で新規の形式認定を取得したメーカーは無いそうです。ケーラー安全灯は構造的にはまったくのウルフ安全灯のコピーですが、その時点でウルフ安全灯の主要システムはすべてパテントが切れていたために合法でした。もしも第一次大戦の空白期がなければアメリカの炭鉱におけるケーラー安全灯はそれほどウルフ安全灯の牙城を崩す存在にはならなかったのでしょう。
参考までに鉱山監督局の形式認定番号と取得年月日は第一号のKOEHLERの最初のブラス製揮発油安全灯がU.S.B.M.No.201で1915年8月21日の取得。第二号が英国ACKROID & BESTのヘイルウッド電気着火式石油安全灯でNO.202を1917年1月8日で取得。第三号がKOEHLERのアルミタイプ揮発油安全灯でNo.203を1919年2月7日に取得。そしてウルフ揮発油安全灯は第四号のNo.204で1921年7月18日の取得ですからケーラーに遅れる事、実に6年も経過していました。

 このメタンガス検知に特化したウルフ安全灯はこれもすでに入手から2年程経過したものです。うちの記念すべき第一号ウルフ安全灯と同じくオーバルタイプのWOLF SAFETY LAMP OF AMERICA INC.,NEW YORK U.S.Aの銘板があるものですが、構造がやや異なり、以前のものはトップがスチールなのにこちらは真鍮製です。またメタンガスを筒内に導くためのカップリングニップルが油壷から飛び出しています。このニップルには逆止弁が内蔵されているみたいで、ここにスクリュータイプの金具を介したゴム球付きホースを接続し、坑道の天井付近に溜まりやすいメタンガスを筒内に導入し、基準炎がどれだけ伸延するかを腰硝子に書き込まれた金線目盛により高さを測定し、おおよそのメタンガス濃度を測定するという代物です。また炎の高さを明瞭に確認するためのオプションのミラーを取り付けるマウントが下ガードピラーリングにあり、ロックシステムは以前から所持していたアメリカンウルフ同様にスクリューボルトロックです。また通常のウルフ安全灯が油壷上部のメッシュスリットを通して吸気するのに対し、こちらはガス検定専用になっているため油壷からの吸気をなくし、通常はマルソータイプと同じく上部ガーゼメッシュからの吸気で小さな基準炎を作り、そこにゴム球のポンプを繋いだカップラーを通して油壷下部から外気を導入するという仕組みに変わっています。そのため照明器具として使用されたことはなく、もっぱらメタンガス簡易測定のためのウルフ灯なので、激しく使用された打痕や大きな傷もまったくありませんでした。
 入手は埼玉の川口からだったような気がしますが、その日本国内への来歴は不明です。しかし、日本の炭鉱では使われた形跡がないので、おそらくはアメリカからの雑貨品に混じって日本にやってきたのではないでしょうか。

 

 

 

 

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June 21, 2019

英国WOLF TYPE FS 安全灯(GPO LAMP)

Wolf_fs1 Wolf_fs3  Wolf_fs4 イギリスは中部のサウスヨークシャーのシェフィールドで現在も盛業中のウルフセフティーランプカンパニーによって製造された普通型ボンネットのマルソー型安全灯です。この安全灯も2年ほど前に入手したのですが、G.P.O.1963の銘板に惑わされてしばらくその正体を探るのを放棄して放り出していました。というのもG.P.Oというのは英国のGENERAL POST OFFICEのことで、日本で言うとさしずめ日本郵便というよりも昔の逓信省あたりに近い組織の気がします。その歴史はさすがに英国だけのことはあり1652年ですから江戸時代の初期だとのこと。日本ではそれから220年も経過しないと郵便制度も確立しなかったのですからさすがに社会のインフラの構築が早かった英国は違います。そのGPOがなぜ炭鉱でも殆ど使われなくなっていた安全灯を必要としたのか、その答えがなかなか見つからなかったのです。さすがに日本の旧国鉄のように炭鉱を経営したとはどうしても思えず、まさが郵便配達に安全灯を持たせたわけでもないでしょうし、その納得出来る答えが見つからずに苦労したのです。
 それから2年余り経って見つけた答えはこの安全灯はGPOが通信設備のある地下下水道などで通信ケーブルの敷設・点検のために作らせたものとの事。このWolf Type FSはGPOの依頼のもとに1957年から1958年にWilliam Norman Bishopという人によって設計された10-20点のサンプルのうち、実際に採用されたF型をさらに改良したもので、1962年から実に1988年までの長きに渡り年間1500-2000個作られたとのことです。納入価格は£20だったようです。
GPOだから郵便事業ばかりかと思ったら戦前までの日本のように電信電話はおろか放送事業まで統括していた組織のようです。そのため、古くは電信用のケーブル、後には電話用のケーブル布設・点検などの業務のために安全灯がある程度の数量が必要だったようで、戦前はPattersonやThomas Wiliamsなどの炭鉱用安全灯もそのままGPOの銘板を付けられて使用されていたようです。国防上の観点からかなり早い時期に通信インフラの地下化が行われていたのでしょうか?
 なぜ地下工事に安全灯が必要だったかというと下水道はメタンガスのリスクがあったかどうかは知りませんが、地下道は酸欠という問題が大きかったようで、安全灯の炎の勢いが急に小さくなったら急いでその場を離れるという配慮が必要だったからでしょう。同様にアメリカのケーラー安全灯も地下工事用途のために近年まで新品で購入出来たみたいです。
 製造元の英国ウルフセフティーランプカンパニーはドイツフリードマン・ウルフ商会の代理店を1912年に引き継いだWilliam Mauriceが設立した会社で、当初パラフィンマッチ式の再着火装置が英国の鉱山保安基準を満たさないため使用できず、さらに油灯がメインで揮発油灯がなかなかそれに取って代わることが出来なかった英国で当初は英国の保安基準に合致する普通型のウルフ揮発油安全灯を製造発売していたものの、William Mauriceがそもそもは電気系の技師だったため、おそらく当初から揮発油安全灯ビジネスにはあまり乗り気ではなく、これからの主流になるであろう蓄電池式の防爆安全灯やキャップランプのほうにビジネスの主軸を移した事で、今でもWolf Safety Lampを名乗る唯一の会社として残っている訳です。
 皮肉な事にもその電気安全灯の英国ウルフが1960年代から80年代まで製造した安全灯ですが、その当時炭鉱用安全灯を新たに作れるメーカーが残っていなかったのでしょうか?このWolf Type FSは揮発油ではなく灯油を使用する油灯式のマルソータイプの安全灯です。油灯ながら油壷に中綿が充填されており、油壷底のつまみで棒芯を繰り出すタイプの安全灯で当然の事ながら再着火装置はありません。一見マグネチックロックの出っ張りがあるのですが、ロックシステムはありません。さすがはレプリカではなく本物の安全灯らしくボンネットは分厚いスチール板で油壷もウルフ灯らしくスチールの外皮を被った真鍮製でかなりずしりと重みのある安全灯です。
 この個体はG.P.O.1963の銘板のあるType FSとしては初期の生産に属します。日本でいうと昭和30年代末から平成に時代が変わる前年まで作られていた安全灯で、その用途からしてもさほどダメージの少ないものが意外に沢山残っているようです。実際に炭鉱で使用されたものではなく、歴史も浅いためか有り難みは薄いのですが、それでも日本では見かけない珍しい安全灯です。
 入手先はすっかり忘れてしまいましたが最近多い匿名配送だったからでしょうか?そのため、日本に入って来た経緯も不明です。

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June 18, 2019

J.H.NAYLOR 双芯安全灯(炭鉱用カンテラ)

   Naylorwigan1 Naylorwigan2 Naylorwigan3    イギリスの炭鉱地帯マンチェスターに隣接する現在のグレーターマンチェスター州ウィガンという炭鉱町に存在したJ.H.Naylorにより作られた安全灯です。この会社の創業その他の詳しいことはよくわかりませんでしたが、おそらくは1800年代後半から1960年くらいまで存続した金属加工メーカーのようで、真鍮加工品(ブラスウェア)がメインの会社だったようです。創業時はJames Henry Naylorという人の個人商店のような形でスタートし、後に会社組織になったときにはおそらくは炭鉱用で使用される砲金のボイラーマウント、各種バルブなどを生産していたようです。技術的には取立てて目を見張るような革新的な発明はないものの、唯一1930年代に入ってからのSPIRALARMという一種のガス警報ランプのような安全灯を製作しており、このランプはメタンガスで筒内爆 発を起こすとスイッチが入って底の赤いランプが点灯しメタンガスの危険を警報するというもののようです。他にはこのメーカーは棒芯の数を双芯はおろか3芯にまで増やしたランプを製作していたことが特筆され、高輝度ではあるもののメタンガスに対するリスクがどうなのかというのも心配な安全灯ですが、通常の製品は平芯スチールボンネットのオーソドックスなマルソータイプの油灯式安全灯でした。

 このウィガンという町は2001年の人口が81,000人余りの決して大きくない町ですが、往年のプロレスマニアには有名なビリー・ライレージムがあった場所だということを今回初めて知りました。通称スネークピット(蛇の穴)として力自慢の炭坑夫たちに盛んだったランカシャースタイルレスリングを伝えた名門ジムで、「プロレスの神様」カール・ゴッチや「人間風車」ビル・ロビンソンなどが門下生として知られています。タイガーマスクの虎の穴はここから名前を拝借したものですが、ルール無用の悪の覆面レスラーを養成しファイトマネーから上納金を搾取するという秘密組織ではなく、あくまでも真剣勝負のストロングスタイルのレスリングジムで倒されても蛇のように攻撃し続けるファイトスタイルからスネークピットとして一世風靡した名門ジムでした。安全灯のほうに話が戻りますが、このJ.H.Naylorの安全灯は油壷などにNaylor Wiganと刻印が打たれているのが普通で、そのためにNaylor Wiganというのが社名というか安全灯の商品名で、Wiganというのが所在地だということは今回調べてみて初めて知りました。1800年代末までは普通のマルソータイプの石油安全灯を製作していたようですが、1900年代初期からか油壷の底ネジで炎の長さを調整するタイプのマルソー灯を製作したようです。今回の双芯安全灯もその時代の構造と同じものですが、炎の調整というのが芯を繰り出すのではなく、何と芯の外筒の長さを変えることで結果的に芯の頭の出かたを調整し、それにより炎の高さを調整するというものです。その外筒に該当するのが底ネジに連結したシャフト先端に装着されたギアとかみ合う内側にネジが刻まれたギアで、このギアが芯のガイドステムに刻まれたネジ山を上下することで芯の頭の出を調整するというシロモノです。なんとも発想の転換が奇想天外で、このバーナー形式を何というかは調べがつきませんでしたが、芯のほうを繰り出さずにギアが芯のガイドステムを上下することで炎を調整するという事を知って何か狐につままれたような気がしました。このギア式のバーナーは芯のほうが焼けて短くなった際にはニードルか何かで芯を引き上げてやる必要があり、それを非合理だと考えたのか、後のNaylor Wiganの安全灯は芯を保持するリテーナーをギアで繰り出す方式に変わったようです。双芯ともなるとさすがに単芯の安全灯よりも灯油の消費は激しく、使用時間10時間以上を想定したのか揮発油安全灯のような大きな油壷がついており、揮発油安全灯は中が綿が充填されているのに対しこちらは中は空洞と思いきや中綿が充填されている気配があります。というのも油壷の注油リッドの中に金網のストレーナーがあり中身が確認出来ないからなのですが、確か英国では鉱山保安法でパラフィンマッチ式再着火装置のある揮発油安全灯が持ち込めなかったような話を聞いたため揮発油安全灯が普及せず、当然灯油使用かと思ったのですが、もしかしたら揮発油兼用ということもあるかもしれません。ボンネットとトップは銀色の地肌が出ており、黒のエナメルを失って鉄の地肌が出ているのかと思っていたら、こちらは双方共にアルミ板で出来ていました。なぜかこの銀色ボンネットのNaylor安全灯にロックシステムがないものが多く、こちらも例外ではなかったために不思議に思っていたのですが、どうやら坑道内の測量などの用途で一般坑員ではないちゃんと安全教育も受けた職員の技師にのみ使用されたため、ロックシステムが不要ということだったのでしょう。日本の本多式ウルフ検定灯でも最初からロックシステムがないものもよく見かけます。アルミの安全灯は坑内測量の際の磁気コンパスに影響を与えないために、一般坑員用には鉄のボンネットでなければ強度的に検定が通らないイギリスでは坑内測量用の特殊用途としてよく作られましたが、当時の日本ではアルミの生産も加工技術も伴わなかったのとキャップランプがすぐに普及したため、まったく見られない安全灯です。 この個体はもうかなり以前に兵庫県の神戸に隣接する町から入手したもので、つり下げるためのフックが欠品でした。どうも神戸港に入港した外国船の備品かなにかのようです。よく歴史ある国際貿易港の町からは外国製の安全灯が出て来ることがあり、当方もそのような外国製安全灯を入手しています。正規には日本にまったく輸入されなかった安全灯のため、そうでもなければ日本でお目にかかる安全灯ではありません。どこかの船の不良セーラーがわずかな飲み代欲しさに船から持ち出したものだったのでしょう。

 この個体はフックが欠品でバーナー部品の芯押さえも欠品だと思われていたため、今まで3年程非常に冷遇されていた安全灯で、何と2階の猫トイレの脇に置かれ、長い間猫どもがトイレに入ったのちにこの安全灯のトップで前足についた砂を掻き落としていました(笑)
 しばらく行方不明だったガストーチバーナーが見つかり、小柳式安全灯のガートピラーを作った真鍮の丸棒を炙って加工し、釣り下げフックを自作することになり、改めていろいろ調べてみるとなかなか興味のある事実が発見され、さらに部品が欠品だと思われていたバーナーがこれで完全品とわかり、加えてボンネットとトップもアルミ製と判明して一気に興味を引かれる安全灯に変身したのです。

短くなった芯がガイドステムの中で石のように固まっていましたので、ドリルを通して除去。長いピンポンチを通してみると、やはり油壷には固まった中綿のようなものの感触があり、中空ではありませんでした。そうなると限りなく揮発油灯の構造という気もしますが、これに関する燃料の記述がパラフィンという以外の記述は見つからず、油灯にしてもなぜ中綿があるのか不思議です。最新のグラスファイバーを芯にした棒芯を入れてみましたが、油壷の中綿が邪魔でそう長い長さの芯は入ってくれません。燃料のリッドは横にスライドする蓋で、揮発油安全灯のようなねじで密閉する蓋と比べると気密性が劣るので、やはりパラフィン(灯油)仕様の安全灯なのでしょうか?また、一時期英国では盛んに高輝度安全灯が盛んに工夫されて製造されましたが、芯を単純に増やして行ったのが単に高輝度を得るためだけであたのかも何らかの記述には行き当たりませんでした。マルソータイプの空気の流通からすると、単純に芯の数を増やして行ってもその燃焼に見合うだけの空気の流入量を増やさなければならないと思うのですが?

 

 

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