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September 22, 2019

青札NEC PC-9821V233/M7C2 とPC-9821V233/M7VE2のほぼ結晶化の記録

Dvc00914   PC-9821V233/M7C2、通称「青札」ValueStarのPENTIUM MMX 233MHz搭載タワー型PC98ですが、登場から5ヶ月ほどの97年10月にDOS/Vアーキテクチャ化したPC-9821NX系マシンが登場したために、その後もしばらくはDOS/V系NXと併売されたものの、実質的に「NECにPC98しかなかった時代」の最後のオールインワン・コンシューマー向けセットモデルだと言えるかもしれません。青札発売当時、当方が使用してきたマシンはパソコン通信とインターネットおよび画像処理系、MIDIでの音楽製作系のすべてをMacintoshの68040系マシン2台で分担し、Macで出来ないことはCompaqのDOS/V 486DX-2 66MHzマシンのWINDOWS95環境を使用、どうしてもPC98のソフトを使用しなければいけないときはEPSON PC-486HA 486DX-4 100MHz、X68Kソフトを使用しなければいけないときにはもらい物のX68000ACEを、というものだったのですが、さすがにCPUが続々とPENTIUM化したWIN 95時代の日進月歩のアーキテクチャ進化スピードにはついていけず、所有各マシンがそろそろ粗大ごみ化しかけていた時期でした。97年10月にNXが登場したときにはマスコミが大々的に「NECがついにPC98を切り捨てた」と流れたニュースのインパクトが強すぎて、その直前のPC-9821V233は何かあまり印象に残らなかったマシンだったかもしれません。そのためというわけではないのでしょうが、どうも市場には台数がそれ以前のPC98と比較しあまり出回っていないのか、その前に発売されたPC-9821V200M7C2と比べても玉数が少ない印象です。当方、ネイティブなPC98使いではないので、98に関しては詳しく語る薀蓄がありませんが、このPC-9821V233には当然ながら98独特なローカルバス「Cバス」が搭載されており、古い98の資産がそのまま活用できる(しかし、WINDOWS95に対応しているCバスボードが必要)という利点がありますが、当時のマシンスペックでも使いやすいWINDOWS 2000にCバスボードのドライバーのほうが殆ど対応していないようで、さりとてLINUXでCバス対応しているものの開発もはるか昔に停止してしまっているために、今メインのマシンにしようと思ってもそれはなかなか無理な話でしょう。
 実は一昨年(2011年)、このPC-9821V233M7C3系のリカバリーディスク一式を入手してしまいました。たとえHDDが抜かれていようと、必要なドライバーの心配がなくなったために、一台ジャンクの青札タワーの再生に挑戦しようと目論んでオークションを探していたのですが、今でこそ青札タワーのV233はタマ数が豊富でいつでもオク上で見かけますが、昨年の初め頃はさすがに青札V233の完全作動ものはそこそこの値段が付き、動作保証ナシのジャンクも玉数が少なく、ジャンクとしてはまあ適当な値段で愛知から入手したのは2012年5月の中ごろになります。青札V200に対して青札V233はタマ数がかなり少ない感じですが、実はこのタマはかなり以前からオークション上を、回転寿司の干からびたいなり寿司のごとく、手を出す者も無く何度も回り続けていた、というか何度も再出品を繰り返されていたものです。相当敬遠される理由があったのかどうかはわかりません。青札タワーV233には、手持ちの98キーボードがLアングルのせいで差し込みことすら出来ず、結局あとでWINキー付き98キーボードと丸コネクターの98マウスの両方とも買い揃えるハメに陥りました。これが意外と高価な買い物になり、本体を上回る金額になったのがどうも納得がいきませんでしたが。
 愛知から届いた青札V233にとりあえずこれもPC-98用に一昨年確保しておいた、水平24.8kHz出力にも対応するEIZOの液晶モニターFlex Scan L465をつないで電源を入れるも本体は一応電源が入るようですが、モニターには「No Signal」という文字しか表示されません。一応HDDなども回っているようですが、なぜか起動する様子もありません。どこが悪いのかの原因を特定するすべもなく、その後忙しさにまぎれてそのまま1月ほど放り出してしまいました。
 その後、ひょんなことからまず第一の原因としてピラメいたのは、何かの原因でCPUが飛んでいるのではないかということで、そういえば電源を入れたときにCPU回りからまったく作動音がしませんでした。それなら一層のことAMDのK6プロセッサーを使用した6倍速ODP入れてやれば一石二鳥ということで、さっそく動作品の中古「PK-K6H400/98」を入手したのですが、どうもこのODPはWIN95起動時のタイミングに難があり、対策のパッチを当てないといけないらしく、万が一この青札V233がWIN98や98SEにアップグレードされていなければ起動も出来ない可能性があるため、とりあえずノーマルのCPUも動作確認用に入手する必要がありました。ところがPENTIUM MMX 233MHzなんざ今時まず単独では入手出来ませんから、当時でもタマ数が比較的に豊富だった動作品のMMX 200MHzを500円で入手。この時点で3.5倍速から3倍速の青札V200に降格です(笑)
 和歌山から届いたPENTIUM MMX 200MHzをオリジナルの233MHzと交換しようとしてヒートシンクを外そうとしたら、CPUとヒートシンクのペルチェ素子との接触面に放熱グリスがなにも塗られていなかったのですが、これがオリジナルなんでしょうか?もしかして前の持ち主がふき取ってそのままにしたため、CPUが熱中症死してしまったのでしょうか?とりあえず動作確認用ながら放熱グリスをたっぷり塗りこんでヒートシンクを取り付け、いざ電源を入れてみるとちゃんとCPUの起動音がして初めてモニター画面に何か表示が出てきますが、貞子呪いのTV画面のように下半分が謎のモザイク状の漢字の羅列で埋め尽くされています。明らかな映像出力の不良です。何回か機動を繰り返してみるうちに左上部分にわずかにメモリーチェックしているのが見えたり見えなかったりして、それによるとどうもメモリーカウントのところでERRORも起こしている様子。
こりゃあかなりの大仕事になりそうだと考えつつ、とりあえず通称「抜いちゃだめボード」を外してコンデンサーの外見チェックをしてみましたが、不良になるようなコンデンサーは見当たらず、そうなったらソケットとの接触不良を疑って接点復活材を薄くスプレーしてボードを何度か抜き差しし、接触不良解消を図ります。ほかのボードも同じような状況でしょうからすべてのボードのソケットも分解洗浄し、メモリーソケットも洗浄してメモリーを差しなおし、いざ機動させてみると今度は正常にメモリーカウントが始まってWINDOWSの起動画面が現れます。予想通りOSはWINDOWS 95のままのようです。そして起動が終わってデスクトップ画面があわられるとそのデスクトップが点滅を繰り返すというか、映りの悪い真空管テレビみたいに映像が斜めに流れて消えるを繰り返しているではないですか。これは以前出来の悪いモニター切換器のスイッチが原因で同じ症状に行き当たったことがあります。原因はモニターコネクターのGNDの接触不良が疑われたので、モニターコネクターの洗浄を行い抜き差しを繰り返して再度機動させると今度は安定したデスクトップ画面が維持するようになりました。どうも履歴を調べてみると2001年を境に使用されたことがないようで、そうなるとそれから11年の間電源が入らなかったことになります。そのあいだに各コネクターがすっかり酸化皮膜を形成して導通不良を起こしたようですが、よくもまあこんな状態で、というかCPUを飛ばしたマシンが捨てられずに残っていたものです。それを入手してとりあえず動くように手間をかける人間も相当なアホウの暇人ですが(笑)
 ODPをつける前にWINDOWS 98にアップグレードしたほうが動作的にも確実なので、「NEC PCサポート FOR WINDOWS 98」というWIN98用ドライバー付きのWINDOWS 98を入手、このサポートCD-ROMを先にインストールしてドライバーをアップデートしたのちWINDOWS 98でOS アップグレードし、問題なく起動確認した後、一旦電源を落としてPK-K6H400/98 ODPを装着。これも問題なく起動を始め、体感的にもかなりきびきびと動作が速くなったような感じがするようになりました(但しHELPキーを押しながら起動させても98設定画面が出なくなってしまいました)。手持ちのPCIバス用LANボードを装着し、ドライバーをインストールしてインターネットにつながるようになりましたが、確か標準添付のIE3だったかではもはや今のWEBページじゃスプリプトエラーアラートのオンパレードでまともに動作しません。このIE3でWIN98で使用できるギリのIE6をDLして何とか今のWEBページもFLASHが多用されていないものなら表示することが出来るようになりましたが、USB接続機器をまともにつなぐことを考えたら98SEにアップグレードする必要がありそうです。またメモリーのトータルがその当時の標準の32MB+32MBの64MBしかなく、重いページを表示させるとハングしたりブラウザーが落ちてしまう有様。(本当はWIN98とIE6との相性が原因で、IE5.5のほうが動作が確実らしいです)セキュリティーホールの件も含めてまともにネット閲覧に使用するには問題が多すぎます。
 そういえば装着されていたCDドライブはATA接続のSONY純正品20倍速(spec的には最高24倍速のはずなんですが…)でしたが、最初に電源を入れたときに何かトレイの挙動がおかしかったため、ゴムベルトの劣化を警戒して手持ちの同じくSONY製CD-RWに交換してしまいました。同じSONYだとドライバーも大差ないだろうという目論みでしたが、ちゃんと認識して動作してます。このドライブはなんとアップルマーク付きのG4 DA用で、アップルの純正品がPC98の中に入っているという不思議な状況に。こんな部品が使えるのもこの時期の98が汎用DOS/Vパーツ流用が多かったことがよくわかります。手持ちのWinCDR 5.0でちゃんとCD-Rが焼けるかどうかはもう少し暇になったら検証してみましょう。ところで、この青札V233はCDモデルだったため、青札V200とV233のDVDドライブ搭載モデルのVRAMが4MBだったのにも係わらず、VRAMが2MBとスペックダウンとなり、そのため1024x768モードでフルカラーが表示できないのが不満です。抜いちゃだめボードにVRAMを追加するわけにはいかないので、VRAMを4MBにして1024x768モードでフルカラーにするためには社外品のPCIグラフィックボードを使用して抜いちゃだめボードとつなぐという方法しかなく、そのためのウィンドウズアクセラレーターというのはもともと数も種類も少ないため、今では入手するのに困難が付きまといます。幸運にも98PCIバス専用で往年の高速グラフィックアクセラレーターチップ:S3社ViRGE/DXを搭載したI-O DATAのGA-PGWX4/98PCIの未開封品を1k円で入手。これで1024X768モードでもフルカラーの環境が整いました。
 ところが2012年の夏の終わりになって同じくPC-9821V233M7VE2というVRAMが4MBも最初から搭載され、MPEG-2をハードウエアエンコードするボードとDVD-ROMドライブを搭載する青札マシンが1.5k円で転がり込んできました。おそらくPC98アーキテクチャーのValueStarでDVD-ROMを認識出来るのは前モデルの青札V200DVDモデルとこのモデルだけだったと思います。何かCPUの飛んだ接触不良だらけの青札V233M7C2が3k円で青V233M7VE2が半額で入手出来るというのは何か釈然としません。WINキーつきの98キーボードや98マウスのほうがそれぞれこの価格より高額なんですから。まあ、安価にDVDモデルが手に入ったことはうれしいことですが、当時の青札V233M7C2と青札V233M7VE2の価格差は実に18万円くらいの差がついていたようで、この価格差はほとんどDVD-ROMドライブとMPEG-2デコーダーおよびISDNコミニケーションボードのコストですが、この今では信じられないような価格差のため、世の中には青札V233のDVDモデルはかなり希少な存在のようです。(しかし、NX発売が発表されてからは急に割引率が高くなり、半額近くで入手したという話もあるそうな)また4ヵ月後にNXと併売になった時点で、PC-9821のラインナップの中からはDVD-ROMモデルはなくなっていたようです。いつものPC98系に強い業者から届いた青札V233M7VE2は外見が最初のV233M7C2より傷も汚れもそれなりだったため、かなり使い尽くされてHDDもメモリーも抜かれた状態だと思ってケースを開けたら、中身は部品が抜かれた様子がまったくなく、モニターを繋いで起動させてみるとちゃんとオリジナルのWindows95が立ち上がりました。HDDは3つにパーテーションを切られていましたが、合計の容量はPC98史上最大の純正6GBでした。VE2なので当初のインストール済みソフトはWORDとEXELではなく、まだDOS時代のPC98標準ワープロと表計算のてっぱんの組み合わせである当時は未だユーザーが多かった一太郎とWin版のLotus1-2-3のバンドルです。まあDOS時代のデーターを有効にコンバートして活用することを考えたのでしょうが。なんとヲタ同人系ゲームのディスクがそのままDVD-ROMに残ってました。VRAMが4MBなので標準で1024x768モードでも32bitフルカラーが表示できるアドバンスは大きいのですが、メインメモリーは工場出荷状態の32MBのままでした。大きいタワー型のPC98を2台も置いておく余裕が無いので割と外観のきれいだったV233M7C2の外装とメモリーおよびPK-K6H400/98 ODPをV233M7VE2に移植し、V233M7VE2のほうを生かすことにしました。ところがDVD-ROMとMPEG-2デコーダーを搭載して電源を強化せざるを得なかったのか、熱対策でV233M5VE2のほうは側面にファンが増設されており、その面に格子状のスリットがV233M7C2とは反対側に開けられているため、ケース自体、V233M7C2とV233M7VE2では互換性がないことが判明。そんなことはまったく知りませんでしたが、青札タワーの外見だけでCD-ROMモデルとDVD-ROMモデルの識別の目安になるはずです。
 しばらく試験運用していると突然DVD-ROMの調子が悪くなり、バタバタとディスクが暴れる音がし始めたため、DVD-ROMを外して分解を始めると、ディスクを押さえる樹脂製のキャップに亀裂が入っており、これが原因でディスクを正常に読み込めなくなったようです。型番はSONYのDDU100Eでこれは記念すべきSONYのDVDドライブ第一号です。発表は1997年1月で、当初PC-9821V200、まもなくPC-9821V233に搭載されて発売されたのですが、ヘッドがCD用とDVD用の2個になっているのが特徴です。出荷価格がなんと10万円。もっとも一年後に発売された後継機のDDU220Eは読み込み速度が大幅にアップしたのにもかかわらず、価格が5万円に下がってました。新しいドライブに交換すればいいのでしょうが、WIN95のドライバーを有する同年代のドライブの手持ちがなく、記念すべきSONYのDVDドライブ初号機を残すためにも、亀裂の入った樹脂キャップは接着剤を何回も充填して鑢で研ぎ出し、元のドライブを組み立て直して筐体に収め、起動してみると異音もなくなり、正常に動作するようになりました。読み込みも今のところ問題ありません。その後NEC PCサポートキットを使用してドライバー等を更新し、WINDOWS 98を経てWINDOWS 98SEにアップデートし、ISDNコミニケーションボードを外してPCI LANボードを装着してネット接続を確認。いったん電源をおとして電源コード類を抜き、V233M7C2からPK-K6H400/98を抜いてV233M7VE2のほうに装着し、逆にVE2のPENTIUM MMX 233MHzのほうをV233M7C2に戻しました。またV233M7C2のセカンドバンクからメモリーを抜いてV233M7VE2のセカンドバンクに差すと32MB+64MBの合計96MBとして認識されました。V233M7C2のときは2枚差しで合計64MBだったのにどうしたことでしょう?
 さらにV233M7C2に装着してあったPK-K6H400/98 ODPをV233M7VE2に移植し、問題なく400MHzにブーストアップ完了しました。さらにPCIバスにLANボードを取り付けますが、V233M7VE2は3つともPCIバスが占有されているため、一番下のISDNコミニュケーションボードを外して新たにLANボードをリプレースします。このコミニュケーションボードが長さ30センチもあるおそらく専用品で、そのためボード後部のオーバーハングを本体のプラスチッククリップで挟みこんで保持するようになっており、V233M7C2はこのクリップがどんな役目をするのかわからなかったのに、これで合点がいった次第。さらにV233M7VE2にはMPEG-2ハードウエアエンコーダーボードもこのクリップでオーバーハングを支えています。
 こちらのV233M7VE2のほうもウエブブラウザーは98SE標準のIE4からIE6SP1をダウンロードし、今出来のウエブページもスクリプトエラー頻発を回避できるようになりました。もっとも今時98SEに対応するセキュリティーソフトもすでに開発が止まってますので、極力ネット接続は避けるのは当然ですが。
 いきなり2台になってしまったタワー型の98ですが、その容積は小型のファンヒーター並です。当然のことながら2台を並べておいて置く余裕もなく(MacintoshのQuadra 950だって最近持て余してます)V233M7VE2のほうを残してV233M7C2のほうは倉庫行きになりそうな。メモリーを一枚抜いたV233M7C2を久しぶりにモニターに繋いで電源を入れると、いきなり下半分が意味のない漢字で埋め尽くされる例の「貞子呪いの画面」が再現されました。ちゃんと画像にしておけば良かったのですが、そこまで頭が回らず、またメモリーカウントでエラーを起こしているようなので、1バンク目に残ったNECの純正メモリーの接触不良を疑って一旦ソケットからメモリーを抜きソケットの導通改善を試みます。どうやら当初から1バンク目のメモリーは接触不良で、移植した2バンク目のメモリーしかカウントしていなかったようです。接点復活材を塗って少し磨き、元のバンクにはめ直すとちゃんとメモリーチェックで32MBの容量で認識してくれ、正常に起動画面に移行しました。うちにはけっこう5インチ時代のソフトが残っているため、インストールのためには内蔵か外付けの5インチドライブが必要になってきます。また9821の型番に変わってからのPC98は1M FDDインターフェースが内蔵されておらず、Cバスに1M FDDインターフェースボードを追加してやる必要があります。ところが、Cバスの1M FDDインターフェースは何枚か手持ちがあるのですが付属のケーブルがなく、さらにWindowsには対応していない古いボードばかりです。型番を調べたら600kBの2DD専用なんていうのもありました(笑)。とりあえずWindows95,98にも対応するCバスボードが必要になってきますが、FDD34ピンケーブルと8ピン追加信号ケーブルが揃っていてV233に使えるものとなると、おのずから選択肢が限られ、LogitecのLFA-19を中古で入手しました。これ、説明書もなかったものでケーブルの接続には少々とまどいましたが、無事にDOS上でもWindows上でも外付けFDDを認識しています。
 手持ちのαDATA AD-F51SRのシングル5インチFDDが余っていたので、これをV233専用外付けドライブにしました。これで5インチディスクしかないソフトウエアのHDDへのインストールも可能になりました。
ところで、今ではあまり気にする人はいないでしょうが、PC98は今のAT互換機やMacintoshのようにCD-ROMからブートすることが出来ません。そのため、HDDを初期化してしまったものはたとえリカバリーのCD-ROMがあったとしてもCDを起動してOSをインストールすることが出来ないのです。当時からPC98を骨の髄までしゃぶりつくした人ならいざ知らず、WIN95からしか使ったことのない98ユーザーやCONFIG.SYSやAUTOEXEC.BATの知識の無い人は初期化されたHDDにOSをリカバリーすることは無理、というかかなり敷居が高いかもしれません。またたまさか起動ディスクを作ってあったとしても、OSは任意の場所にインストールは不可能で、起動したディスクにしかOSをインストール出来ないということは、フロッピーで起動したマシンにはフローピー自身にインストールすることになってしまうため、HDDにOSを絶対にリカバリー不可ということになります。また起動時にCDドライブのドライバーを読み込むようにしなければCDを読み込むことさえ不可能なのです。そこで実験というわけではないのですが、もう一台の98で2パーテーションにして初期化したHDDをV233M7C2に組み込んで、WIN95でリカバリーする実験をしてみることにしました。というのもWIN95用のV233付属起動ディスクはあったのですが、このディスクのセクターの一部に不良を生じていて読み込み不可で、システムのイントール用ディスクは欠品という状況だったため、WIN98のインストールの過程で作った起動ディスクを使ってHDDに起動に必要なファイルをコピーしてHDDから起動可とし、さらにCDドライブを認識するSYSファイルなどをコピーし、今度はHDDにコピーしたCONFIG.SYSとAUTOEXEC.BATを書き換え、起動ディスクを抜いてリセットを掛けると起動ディスクからブートするのと同じようにHDDからブートし、CDドライブも認識するようになりました。しかし、V233付属のCD-ROMにはSETUP.EXEがない(一般的に出回っているアップデート版にも見当たりません)のですが、実はバックアップCD-ROM(2枚目)の\WINDOWS\OPTIONS\CABSの中にSETUP.EXEが隠されていて、これを実行するとWIN95のインストーラーが起動し、起動ディスク上にシステムインストールが始まります。インストール終了後にプロダクトキーを聞いてきますので、WIN98アップデート前にWIN95のプロパーティ画面から控えておいたナンバーを打ち込んで認証終了。ところが、2つに分けておいたパーテーションのもう一方にMS-DOS 6.2をインストールしてデュアルブートにしようと思い、領域にインストールしようとすると、これが不可能でした。そこで思いあたったのが、本来製品版のWIN95のフォーマット形式はFAT16で2GBまでのHDD領域しか認識できないのですがV233M7C2付属のWIN95はOEMの拡張版OSR2で、どうやらデフォルトはFAT32でフォーマットされてしまうため、FAT16フォーマットしか使えないMS-DOS6.2はFAT32フォーマットされたHDD上には素直にインストール出来ないのではないかと。まあ、それが正解かどうかはわかりませんでしたが、そうなるとB領域だけFAT32からFAT16にフォーマットしなおさなければならないようです。ところがよくよく調べるとこのV233も当初からデフォルトでFAT16のフォーマットに変更がなく、単にフォーマットメニューでB領域の状態変更をBOOT可にしなかったためにMS-DOS6.2がインストールできなかっただけの話のようでした。どういう操作をしたか確定的なことは忘れましたが、たぶん状態変更の操作のみであっさりOSインストールが成功し、BOOTメニューで起動OSがWINDOWSとMS-DOSの両方が選べる状態になりました。(その後、V233/M7C2のほうはV233M7VE2からはずしたCPUを装着し、3.5倍速233MHzに戻った後、さらにその後にやってきた猫のためにベッドサイドにおかれ、その上に雑誌などでかさ上げされたクッションなどを介して今や猫ベッドとして4年以上も活躍中です)
 PC98はDOS/V機やMacintoshと比べるとCDブート出来ないだけ真っさらな状態では「非常にOSリカバリーがしにくい」PCですが、それというのも本来の98専用MS-DOS機のアーキテクチャーを無理やり大容量メディア用に拡張してしまったために、何かと制約が多い、今で言ったら「ガラパゴスPC」となってしまったということなんでしょうか。また同じPC98の中でも末期にはHDDのフォーマットの違い、ドライブの接続形式の違いなどまであり、ますます個別の取り扱いのノウハウを必要としますが、まあこの青札より後にはあっさり98アーキテクチャーを捨て、NXでDOS/V化したのは当然の判断だったはずです。根っからのMacintoshユーザーにとっては実に対極的なマシンですが、最初からGUI環境を手に入れたWIN95以降からパソコンに触ったユーザーも拒絶し、いじる、カスタマイズする苦労と楽しみは閉鎖的なMacintoshの比ではありません。いまさらじゃありませんが根っからのMacintoshユーザーにとっては実に興味深い(笑)

 (実は先日2019年の9月になってから4年ぶりくらいに青札V233/M7VE2に火が入り、こんな文章を記録していたのを思い出しました。世代的にはWIN95も触った事が無い、ましてMS-DOSなんざプロンプトの先の操作をどうしていいかわからないユーザーの方が多くなりましたが、この備忘録が新しい世代の人たちが旧PC98いじりのための参考になれば…)

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