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February 29, 2020

JA8EHP 奥克之氏サイレントキー

Dvc00049-1 元JARL胆振日高支部長のJA8EHP奥克之氏が2月26日サイレントキーされました。享年78歳でした。
苫小牧市で音羽治療院という鍼灸マッサージ業を今年で50年も営んでいた通称「先生」はご存知の方も多いとは思いますが、全盲のブラインドハムです。
赤十字無線奉仕団とかいう団体の関係だったからか、JA8ATG原先生の要請でなり手のなかったJARL胆振日高支部を引き受けたのですが、地域クラブ単位の集まりである胆振日高支部の支部長を引き受けざるを得なかったということから、何ら引き継ぎもなかった支部の会計報告や事業計画などに関して支部大会で理不尽にも追及される目に遭ったとのことでした。
そんなことで翌年の2006年支部大会前にJA8XWY久保田氏に支部運営を手伝ってくれと言われてお宅に伺ったのがJA8EHP奥先生とのおつきあいの始まりでした。
支部長職は先生の健康上の理由で2期4年で当時の伊達クラブの会長に引き継ぎましたが、当時JARLは公益社団法人目指して盛んに無線関連のボランティア活動を要求され始めた時期でした。そのため、青少年に対する教育活動の一環として2月に行われる支部のニューメディア交流会というの通して小学生へのラジオ組み立て教室を行ったり、無線局公開運用。特小機を
使用した無線機体験。および支部員対象に有力講師を招いてPSK-31教室を開いたり、Z-LOGを使ったパソコンモールス通信の基礎と実践、オシロやスペアナを使った測定の方法などの行ったことがあります。
そんなニューメディア交流会でしたが支部長が交代した時から「初期の目的は達した」という理由で廃止され、代わりに支部会員同士の親睦会のような行事開催に変わってしまったのは残念でしたが。
また、当時は今のように無料で使えるBLOGやSNS開設の手段というのが限られていたので、アメブロを使用して支部のブログを開設し、支部活動や会議の結果などの情報発信に努めたのですが、残念ながら現在では他支部と比べて支部活動の透明化に関してはどうなのかな?なんて考えてしまいますが。
 支部活動のおつきあいは3年でしたが、その間札幌での支部長会議に車を運転して先生を会議にお連れしたり、渡島桧山支部の支部大会に合わせて開催された韓国KARL釜山支部との交流会に招待され、先生おつきのお世話係として一泊二日で函館に出かけたというのも今では楽しい思い出です。
支部活動は3年のおつきあいでしたが、先生一家とのおつきあいはその後も続き、無線機やオーディオ機械の修理、調整を引き受けたり何かと便利屋的なことのお手伝いをしていたのですが、自身最大の貢献と自負するのは先生に盲人でも使える音声用ソフトとパソコンを勧めて中古のパソコンを用意し、ソフトウエアは生活用品補助の制度を利用して自己負担を最小で導入してあげたこと。
まあ導入以前の半年前に盲人パソコン教室に週一で通ってもらってキーボードの配置などを覚えてもらう前段階がありましたが、勘のいい先生のこと、盲人用の音声読み上げソフトからメール、その他のソフト一式の使い方をすぐに覚えて、日常生活で使いこなすようになったのですからたいしたものです。
でも自宅へのパソコン導入後、2か月くらい夜の7時くらいから9時くらいまで集中的に使い方の講義をしましたが、こちらも盲人用のソフトの使い方に関しては素人なので、一緒に試行錯誤でお勉強したというのが本音です。
当時はWindows7が出て間もないころだと思いましたがパソコンは企業のリース落ちで値段がこなれているPentium4搭載機でOSはWindowsXP。というのも当方もそろそろMacintoshだけではHamLogも使えないので、安いXP搭載機しか導入出来ず、Windows7はおろかVista搭載機も触ったことがないという事情もありました(笑)
先生は煙草も吸わないのに数年前に肺がんの診断を受け、手術のために入院。どこの病院だということを聞かないまま市立病院の5階にお見舞いに行ったら、聞いていた病室の番号は女性部屋でした。そこで病院を間違えたことに気が付き、慌てて王子病院に駆け付けたという間抜けな思い出もあります。その後抗がん剤治療のため再度入院したこともあったのですが、その後もばりばり仕事をこなし、朝から晩まで患者さんをこなしていました。2年ほど前から水曜の午後と土曜日は原則的に休診ということにしていました。
パソコンは当方のように常に中古パソコンOSなしを安く買って現役にするようなこともなく、その後DELLのノートパソコンをリビング用と治療室用の2台導入。OSはWindows7とWindows8.1となり、それぞれ音声読み上げソフトが専用になるなど、そのたびにインストールや調整のお手伝いをしましたが、昨年夏くらいから頻繁にパソコンとルーターの接続が落ちるという現象が頻発し、そのたびにルーターの再接続設定なんかを行ったことと、OCNメールのセキュリティー対策で従来の接続設定が使えなくなるという情報を先生自身が知らず、ある日から突然メールが接続できなくなったなどの複合的なトラブルが発生し、結局はルーターを新しいものに交換。メールソフトの接続も暗号化のやり取りが可能な設定に変更し、この際なので1月にサポートが切れるWindows7と3年後にサポートが切れるWiondows8.1をまとめてWindows10にアップデートすることを提案し、そのための準備の最中の昨年10月末に先生は軽い脳梗塞を起こし入院することになってしまいました。でも持ち前の体力と運の強さもあってか、後遺症もなく11月には仕事にも復帰するスーパーマンぶりを発揮していたのですが、12月には原則どうしてもという人だけの治療になり、今年に入ってからは治療もやめて横になっていることも多かったです。
Dvc00069  1月にはいってからは2台のパソコンともにWindows10にアップグレードも完了し、音声読み上げソフトも昨年にリリースされたばかりのPCTalker-Neoが入ったのですが、それが完了したのもつかの間、2月16日に再度入院、26日に帰らぬ人となってしまいました。
 先生は努力の人ですから盲人とはいえ上級の2級アマチュア無線従事者免許持ちでしたが、数年前に1級を取ってみたいなどということも言ったことがあります。中学を卒業して市内の洋服店に勤めるも18歳で国鉄に転職し、主に苫小牧近辺の保線工事に携わっていたそうです。国鉄時代には日高本線のパラストにピーターを振りかざす毎日だったそうですが、尾籠な話、停車中は客車のトイレは使ってはいけない、というのも当時のトイレは線路への垂れ流し式のため、ホームの下の線路に落し物が氷点下の冬場にこんもりと凍ってしまい、一日何度かホームの下の線路をつるはしを使って掘り出さないと車輪が脱線することもあり、その作業は落し物の飛沫をあびるので嫌でつらくてたまらなかったのだけど、駅弁屋がホームの下に落とす小銭の余禄があった、などと当時の作業に従事した人ではないと知らないようなことを教えてもくれましたが、国鉄奉職中の22歳に時に事故で全盲になりました。家で寝ていた時に聞いたラジオで函館に盲学校が開設されるのを聞き、全寮制の盲学校に入学。最初は白杖を使用して歩く訓練とか点字の訓練と平行に職業訓練としてのマッサージ、のちに鍼灸の専門教育を受け、5年掛かって資格を取得し、苫小牧に帰って来たそうです。
 その函館の盲学校在学中、何かの機会に函館の支部大会に誘われ、その大会でのオープニングにステージの左右からモールスの音がどっと流れてくる演出に感動しアマチュア無線免許を取得しようと函館市内で開催されるアマチュア無線養成講習に申し込むも、全盲者の養成講習は前例がないからと門前払いされたそうです。しかし、そこであきらめるような人ではなく、国家試験で口頭試問により合格すると無線従事者免許が取得できることを知り、協力者に無線教科書をテープに録音(当時なのでオープンリール)してもらってこれを繰り返し学習し、ついに電話級の無線従事者試験に合格。見事従事者免許を取得しトリオのポータブル機で昭和42年にJA8EHPのコールサインを取得したそうです。その一年後、同様の努力で電信級の免許も取得。治療院開業当時、苫小牧工業高校の先生だったJA8FK氏が近所に住んでいて、FK氏にYAESUのFT-101Sに音で聞いて真空管の同調が取れる付加装置をつけてもらい、CWを始めたという話を聞いたような。
昭和61年には2級アマチュア無線免許も取得し、TS-940Sで100Wの固定局も開局しますが、並大抵の努力ではできないということは誰でも想像できると思います。
その先生ですが棺に納められたのは真新しいケーシースタイルの白衣に新しい鍼灸の道具、好きなCDなどでしたが、無線関係のものを入れてあげることができず、少々心残りではありました。
改めて長年のご厚誼感謝するともに深くご冥福をお祈りいたします。

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February 24, 2020

国産バタフライランタン炎上の原因?

 Dvc00275 一昨年に亡くなった叔父の釣具小屋から従妹が持ってくれたホエーブスとコールマンの40年以上は経過したガソリンストーブ2台と一台のバタフライランタン。奇しくも真鍮タンクでオリンピック釣具のロゴが入ったビニールキャリングケース入の国産バタフライランタンでした。
 夜釣りの照明用としてカーバイド燈のリプレース用としてでも買ったのでしょうか?こちらとしては中国製のバタフライランタンだったらそのまましまい込んでしまおうと思っていたものの、かなり作りの良いバタフライランタンであったことと、パッキンやニップル、マントルなどの消耗品や工具などもそのままだったことからがぜん整備して使う気になり、しばらくは初冬の夜の明かりとして部屋の真ん中にフックで吊るして室内照明代わりとして使う(キヤンプにいかないのでこれくらいしか使いようがない)などしていたのですが、さすがにしばらく使わなかったランタンだったこともあり、ジェネレーターバルブやポンプバルブなどからの灯油漏れ、鉛パッキンからの圧力漏れ灯油漏れなども次々に起こして、そのたびに今出来の部品(おもにシーアンカー用)などと交換調整を繰り返し、加圧式ケロシンランタンの泥沼に足を踏み入れたような格好になってしまいました。
 使用中にタンクの底を伝って灯油がポタポタ垂れてカーペットを汚すような事もなくなり、しばらく毎日2時間ほど快調に使っていたのですが、2ヶ月ほど経ったのち、点火一時間ほど経過してからマントルの高度が急に落ち始め、やがて煤だらけになってしまうというトラブルが発生。それ以降、マントルを交換しようがギャップの再調整しようが、ニップルやニードルの交換をしようが、マントルは最初から煤だらけで、しまいにはプレヒート中にも炎上を繰り返してしまうことが重なり、まあ春が近くなって日が長くなって来たこともあってそのまま放置してしまい、代わりに部屋で使用されたのはアラジンのマントルランタンでした。
 アラジンのマントルランタンは灯油のハリケーンランタンなどと比べると光度はかなりありますし、加圧が必要ないので手頃だということと燃焼音がないため静かだということがいいのですが、アラジンはマントルが振動やショックでポロポロ欠損して穴が開きやすく、マントルも昔は1800円くらいだったものが今では3000円近い値段がついています。また部屋全体を照らすにはアラジンに加えて8分芯くらいの吊りランプがほしいところですが、それでも光度はバタフライランタン一個にまったく歯が立ちません。

 そんなわけで今回再度バタフライランタンの調整に着手したのですが、今回はガスチャンバーとニップルは高耐久性の削り出し別注品に交換。マントルはバタフライ用の旧製品を使用していつもより長めにプレヒートして点火するも相変わらずマントルは赤い炎に包まれてみるみる煤が溜まっていき、そして炎上してしまうというのも相変わらずです。ギャップの調整も出来ているし、通常の倍以上プレヒートしてもプレヒート不足のような状態に陥って、そして炎上してしまうのです。その答えを得るのにさらに一月ほど考えてしまいました。

 そのうち、中国製のシーアンカーランタンの未使用品をひょんなことから送料別800円で入手。もうこうなったらこのシーアンカーを部品取りにしてタンク以外すべてシーアンカーに付け替えればいいと思い、とりあえずアッパーヴァボレーターを流用してしまおうと交換に着手したのですが、ミリ単位で長さが合わず、ニップルにニードルの頭が出てきませんし、ミキシングチューブが付くインナーキャップが浮き上がってしまいます。
 どうやらアッパーヴァボレーターの中で十分に燃料が気化しきれないことは想像できたのですが、どうもヘビーユーズしていたバタフライのリング状のヴァボレーターの表面が灯油の不純物成分のためか、それともマントル由来の物質の気化により表面が石化してしまい、熱効率が著しく下がってしまってプレヒートを長時間しても灯油が気化しきれないのが原因ではないかと思い、アッパーヴァボレーターを外してワイヤーブラシと紙やすりできれいに磨き上げました。
 アッパーヴァボレーターのリング部分を特に真鍮の地が出るまできれいに磨き上げ、元通りに組みつけて点火に再挑戦。するといくらプレヒートしてもマントルが赤い炎に包まれて黒く煤がたまり、挙句の果てには炎上してしまう状態が治らなかった国産バタフライランタンが元通りに正常に光るようになりました。その時点でマントルに穴が空きかけて痛々しいアラジンは片付けられ、部屋の照明としてバタフライランタンが復活。
 数日使用していたらオリジナルのプレヒートバーナーが不調でプレヒート中に立ち消えするようになりました。ノズルの詰まりはないようなのですが、これ、実は燃料を吸い上げるパイプのストレーナーの通りが悪くなっており、シーアンカーのプレヒートバーナーのアッセンブリーをもう一年以上前に購入してあったのですが、あえてオリジナルのまま使用を続けていたのです。しかし、実用にするならもう潮時と思い、思い切って今回交換しました。まだ組み付けたばかりのプレヒートバーナー、あたりが出ていないためか手でレバーを戻してしっかり閉めないとノズルからガスが少々漏れてしまう様子。それ以外は問題なく流用出来ています。

 部品取りで落札したシーアンカーランタンでしたが、今回は部品も一切流用されずまるごとひとつ残ってしまいました。国産のバタフライランタンと比べるとその出来やメッキの質などは歴然とした差があり、とくに切削加工で作られているものが極力プレスで作られていて、同じプレス部品でもプレス工程を省いて形が同じでも極力コストを下げて形だけ似たようなものを作ろうとしているのが見えてきます。これがメイドインジャパンとメイドインチャイナのクオリティーの差なのでしょう。重さも正確に測ってはいませんがタンク材質などの違いがあり、やや軽いという印象を受けます。

 

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