Patterson HCP炭鉱用高輝度安全燈(炭鉱用カンテラ)
イギリスはニューカッスルに存在したパターソン社のミュゼラータイプの安全燈A3型は当方が入手した2番めの安全燈でした。このパターソンA3型は二重ガーゼメッシュの中にチムニーが存在するマルソー型とミュゼラー型のいいとこ取りのような存在の安全燈で、英国の鉱山監督局の検定を通った近代型の安全燈のはしりのような製品でした。しかし、アーネスト・ヘイルウッドが設計した一連の安全燈と比べると目新しい仕組みなどもなく、ロックシステムは旧態依然のリードリベットロック。芯の繰り出しも先が曲がった針金で平芯を引っ掛けて上下させるというウィックピッカー式などと取り立てて工夫のない油燈安全燈です。
それから何年か経過して突然登場したのがこのパターソンHCPというランプです。HCPの意味はHIGH CANDLER POWERの略で、高輝度安全燈を意味します。というのも1915年頃を境に英国内の炭鉱でも手提げの蓄電池安全燈であるシーグやオルダム、ニッフェなどが普及しはじめ、その明るさは旧態依然の油燈式安全燈がかなうようなものではなく、そのため油燈式安全燈で蓄電池式安全燈には及ばずとも明るい高輝度の安全燈を作ろうという試みから生み出されたものです。
光量はウルフ燈のような棒芯燈よりも平芯燈のほうが炎が大きい分単純に明るいのですが、同時に発熱量も多く、さらに棒芯などよりも燃焼により多くの空気流入量が必要なため、さらなる高輝度のためには根本的に空気の流入なども含めた安全燈の再設計が必要でした。そのため、ガラスのインナーチムニーを用いて空気の流入経路を一方通行にし、よくはわかりませんがボンネット内部で一種のホットブラスト化して外部からの吸気を高め、燃焼効率を上げてより多くの光量を得たのがこのPatterson HCPランプのようです。
ただ、小型の石油ストーブ並みにボンネット部分が高熱になり、石炭採掘現場の坑内員の半裸の作業環境では肌に触れると即火傷という事故を免れることが出来ず、外側に放熱を兼ねたコルゲート状のシールドが取り付けられているのですが、それがいかにも頭でっかちというか不自然で、おそらくは当初の設計にはなく後付で追加されたものなのでしょう。この高熱問題は後々まで後を引き、温度を多少和らげたHCP9という改良版が最終版なのですが、その間にもインナーチムニーの保持などを変更した改良が次々にほどこされていったようです。年代的には1920年代後半から1930年ころまでの製品らしいのですが、設計がそもそも誰だったのかなど、詳しいことはよくわかりません。
着火は据え置き型の蓄電池とイグニッションコイルを使用した再着火装置を接続し、火花を発生させて着火させる「電パチ」です。このリライターのパテントはアーネスト・ヘイルウッドが取得していたと思いますが、その当時はすでにパテントも失効し、自由に使用できたものだと思われ、各メーカーでも普通にこの電気式リライターシステムを使用しています。古い時代の安全燈と同様にガードピラーが一本だけ長くて油壷を取り付けるとボンネット下部にはまり込む仕組みのボンネットロックが着いています。また油壷のロックは取り去られていましたが、おそらくはヘイルウッドがパテントを取った油壷下部からのプランジャーが腰ガラス下部のガードピラーリングの内側のギザギザに噛み込む仕組みで、油壷下部に磁石を当ててプランジャーを引っ込めて解錠する磁気ロックシステムだったのでしょう。
それでこのパターソンHCPは日本にあったものではなく、英国で使用されていたものを日本に輸入した方から入手したものです。年代的にも1930年というと昭和の5年ですから日本の炭鉱でも明かりとしての揮発油安全燈はまだ数は残っていたもののほぼ用済みで、よほど小さな石炭鉱山でもない限り帽上蓄電池燈にほぼ切り替えが完了しつつあったころです。そのためこの手の油燈の高輝度安全燈を試験名目でも輸入したことはありません。
よく外国船の備品として搭載された安全燈と思しきものが神戸や横浜の古い港町から発掘されることもありますが、このパターソンHCPは船舶搭載用の防爆燈としては少々使いにくく、そのルートから日本に入ってきたこともなさそうです。
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