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October 30, 2020

HEMMI No.254W-S 10"両面型 別製高校電子科向き

 先日入手したRICOHのOD-No.151Dとまったく同じ工業高校電子科用の別製として作られたHEMMI No.254W-Sの再考査です。
このNo.245W-SのデートコードはPIで昭和40年9月製。出荷まで2年の差があるのが普通なので、おそらくは目盛を刻んで出荷されたのが昭和43年の新学期というところの高校生用計算尺なのでしょう。このHEMMI No.254Wは内田洋行の計算尺課の要望がいろいろと取り入れられており、高校生のかばんの中で教科書と教科書の間に挟まれても押しつぶされて壊れにくい横方向が補強された特製ケースや、授業前に固定尺滑尺の基点校正が可能なようなプレートドライバーが標準で付属するなど、現場の声を汲み取らなければ採用されないような細かい気配りがあり、さらに各固定尺・滑尺の目盛の型をセパレートにすることで、現場の教師の好みやこだわりで「別製」の注文が内田洋行を通じて可能だったことです。この「別製」は一般に市販されず、各高校指定業者を通じて教科書などと一緒に販売されたのみだったらしく、その総数は少ないものの数々のバリエーションが発掘されてきました。
 ちなみに教科書と教材の指定業者というのは一般に地元の書店なのですが、うちの街では工業高校だけさる薬局の扱いで、というのもその書店の娘が薬局に嫁入りした関係で書店だけの人員では短期間に裁けない各学校の教科書教材のうち工業高校の分だけ親戚になった薬局で扱うことになったらしいのです。実はその嫁入りした書店の娘というのが同級生の祖母にあたり、同級生と同期の一人がシーズンになるとその薬局の工業高校生教科書販売アルバイトとして店頭に立っていたらしく、当初は計算尺も必須教材として販売していたのに途中の年度から関数電卓になったという切り替えの時期にあたっていたらしいです。
 そのHEMMI No.254W-Sの現在まで見つかっているバリアントは大抵は表側が√10切断かπ切断かのチョイスは出来たものの皆同じですが、裏側のパターンがいくつかあり、P尺Q尺のあるNo.153ミックスのものやスタジア、さらにはT尺2分割のものや単に表面がπ切断のものまで便宜上別製扱いでーSが付されたようですが、このバリエーションだけは表面の滑尺にST尺をもってきたり裏面にK尺A尺の逆尺があったり、LdB複合尺やP尺まで備えるというまさに別製にふさわしいもの。備える尺数も26尺とかなり詰め込まれか感のある計算尺です。その別製が盛んだったのは昭和40年代でも昭和43年から46年あたりまでのようで、団塊世代の高校進学が一段落し、計算尺の生産にも余裕が出てきた時期にあたるのではないかと。その後No.254WNの時代になると-S付きは格段にその種類が少なくなりますが、これからNo.254WN-Sの新しいバリアントが発掘される可能性はどうなのでしょうか?
 おさらいにこのNo.254W-Sの尺配置は表面がLL/1,LL/2,LL/3,DF,[CF,CIF,ST,CI,C,]D,LL3,LL2,LL1の13尺、裏面がKI,K,AI,A,[b,S,T,CI,C,]D,LdB,P,DIの13尺の合計26尺でこれ以上このベースボディに新たな尺を配置する余裕はまったくありません。
 ところでNo.254Wで話題になるのは通常型と同長型の違いについてですが、これは年代的に同長型が古くて通常型が新しいということはまったくありません。というのも昭和38年10月に仕込みされた通常型No.254Wが出てきているからです。おそらくは仕込んであった同長型ベースボディNo.254W以上に注文を集めてしまったため、通常型で仕込んであったベースボディを急遽流用せざるを得なかったということなのでしょう。天然の竹を使用している関係でエージングなどにも時間がかかり、すぐには増産できないというお家事情があったことが伺われます。

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October 29, 2020

旧ソ連のLSLO 5167-72 10"ダルムスタッド片面型計算尺

 旧ソビエト社会主義連邦共和国時代の計算尺で、LSLOというウクライナのキエフで作られた5167-72という形式の計算尺です。250-14Pというカテゴリーナンバーが付いていて、これは基線長250mmの計14尺を持つプラスチック製計算尺という意味らしいです。
 多分ドイツFaber-Castellの57/89あたりを参考に作られたダルムスタッドの計算尺で、同じものが1972年から80年台中頃まで作られたようです。これは4年位前にミリタリーカテゴリーに弾道計算尺として出たような気がしましたが、特定の砲の弾道計算尺にはカーソルが無いものもあるものの、こいつは明らかにカーソルが欠品です。しかし、旧ソ連時代の計算尺が国内で出てくる機会というのは稀で、とりあえずは捕獲しておきました。
 幅がちょうど5cmで長さが30cmという、いかにも共産圏らしい割り切りの寸法で、これがHEMMIのNo.645Tになると幅は約5.3cm長さは29.4cmというインチ由来の寸法なのかメトリックでは「なぜ?」という寸法になります。材質は技研計算尺などと同様に塩化ビニールが使用されているのでしょう。
尺配置は上からK,A,[B,BI,CI,C,]D,S,ST,T3,L,の11尺、滑尺裏がLL1,LL2,LL3,の3尺の合計14尺です。プラ尺なのにも関わらず、当時流行の尺種によって色を着けるということはなく、わずかに逆尺 BI,CI,尺だけ数字も目盛もまっ赤赤。ちなみにロシア語で猿のことを「マカーカ」というらしく日露戦争のときなど日本兵を侮蔑する意味でロシア兵は「マカーカ」を連発していたようですが、猿のおケツはまっ赤赤っていうのは偶然にしては面白いかもしれません。
 1980年というと世界ではすでに計算尺を生産しているのは共産圏に限られ、日本の教育用計算尺も終了しようという時期にソ連はまだ計算尺を製造し、それで設計した宇宙ステーションのミールなんかも飛ばしてしまうのですから、ある意味コンピューターがなくとも時間さえ厭わなければ計算尺と手動計算機でちゃんと欧米列強と同じことができるという証明みたいなものでしょうか。いちおうカーソルがないと間が抜けて見えるので、HEMMI No,642Tからカーソルをトレードして画像にしました。ただ、642Tのほうがほんの僅か幅広なのでゆるゆるです。オリジナルカーソルも副カーソル線付きだったようです。
 ケースは緑色のポリエチレンケースですが、ケースの蓋を抜いたところに値段が4ルーブル20コペイカと陽刻で入っており、共産主義国家だけあって統制価格で売られていたことがわかりますが、物のない社会主義国家でほんとうにこの価格で買えたのかどうかということは甚だ疑問です。そもそも外貨獲得のための外国人専用の店にはいろいろと物が存在したのでしょうが、ロシア人用の店先に品物が豊富に並ぶなどなかったでしょうし、物があっても裏で倍の価格にウォッカ1本とタバコ2箱くらい袖の下として付けないと売ってもらえなかったかも知れませんし、さらにそれを転売して儲けが出るというような共産主義国家特有の「金はあるけど物がなくて買えない」現実があったかもしれません。

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スティーブンス ラリーインジケーター(ラリー用計算尺)

 元祖ラリー用計算尺、スティーブンスのラリーインジケータNo.25、通称「円盤」です。これは初期の国内ラリーシーンにおいてもわざわざ輸入され、当時価格で7500円ほどしたらしいのですが、さすがに自家用車を乗り回し、ラリーに現を抜かしているのはいいところのボンボンくらいしかいなかったでしょうから、これくらいの金額は屁でもなかったでしょう。というのも当時は一般庶民出身は2輪レース。いいところのお金持ちは4輪レースと相場が決まっていたようで。ヘルメットとウエアはレスレストン。ナルディーのステアリングに換装したロータスエランなんてどうひっくり返っても手が出るものではありません。
このスティーブンスのラリー計算尺はマイル(mph)主体ということもあって、km/hに換算しなければいけないのですが、さすがにそれはラリー計算尺だけあって針の角度変更で読み替えは可能です。わざわざkm/hの国配慮のラリー計算尺は作ったことはないようですが裏にmphとkm/hの換算表などが印刷されています。このスティーブンスラリー計算尺は6インチの携帯用と9インチのこのタイプのものの2種類が作られていたようですが、視認性が求められるラリー用の円盤はこの大きなタイプが殆どだったようで、日本には携帯型は輸入されていなかったかも知れません。
しかし、ラリーというと泥だらけの山岳の悪路をときにはドリフトしながら正確な時間で疾走するようなイメージがあるのですが、このスティーブンスの円盤が出た1950年代から1970年代のアメリカというと、フルサイズのV8エンジンの車がどこまでも続く舗装道路を長距離に渡って走るイメージで、とても泥だらけの悪路を走るラリーのイメージはありません。そもそもサスペンションふわふわで最低地上高も低いアメ車で悪路を走ったら轍にハマってお腹の支えた亀みたいに動くことができなくなるのではないかと思うのですが。まあ、アメリカでどのようなラリーがおこなわれていたかの情報はありませんが、おそらくは映画キャノンボールのようなものすごい長距離をチェックポイントごとに正確なタイムで走り抜けるような形態で、もしかしたら大陸横断ラリーみたいなものもあったのかもしれません。そうなったらやはりフルサイズまではいかなくともV8エンジンのタフな車が活躍するようなラリーだったのかも。
 それでこのスティーブンスのラリーインジケーターはアメリカの計算尺コレクターにとっては一個は所持しているというマストアイテムです。それだけ数も出回っているのでしょうから今では想像できないくらいラリーというモータースポーツは盛んだったのでしょうね。
 国産のスティーブンスコピーのラリー計算尺とくらべると円盤に刻まれた目盛にはまったく差がないのですが、mphとkm/hのレシオは87:140だそうで、そのため計算尺上部が常用速度で主に使用するためなのかスティーブンスの起点は5時方向、国産コピーの起点は2時30分方向で、スティーブンスの場合は頂点が40mhpとして使えるように、国産コピーは頂点が60km/hで使用できるような配慮があるようです。

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October 27, 2020

RICOH OD-No.151D 別製10"両面型高校電子科向け

 Relay/RICOHで延長尺を保ち、10インチの両面計算尺ながら長さ35cmというオフサイズのものは日本国内ではNo.151の技術用とNo.159の電気用の2種類があったようですが、No.159のバリアントは無かったものの、No.151は高校教育用の現場から特注扱いのものがあった事実はあまり広くは知られていないようです。この形式名の前にODが付くのがcyno-yさん説ではオーダー品を表す略号ではないかということですが、たぶんそうでしょう。このRICOH OD-No.151Dはnorihito4さんが所持しているというお話を聞いたのはすでに14年も昔のことでしたが、現物を見るのは始めてでした。おそらくは工業高校電子科のこだわりのある先生の特注品という形で製造され、一般に市販はされてなかったものだと思われます。
 通常のRICOH No.151に関してはうちに小型カーソル付青蓋ポリエチレンケースのものがあります。デートコードがUS-7Lと刻まれており、昭和47年7月の佐賀製。たぶんこの月にこのオフサイズの両面計算尺のボディが最後に仕込みに入ったということでしょうか。No.1051SやNo.1053がこの時期にはグリーンCIF化していますがNo.151は小型カーソル化してもグリーンCIFのものは見当たらず仕込んだボディが尽きたところで通常のNo.1053サイズのNo.2501にモデルチェンジしたのでしょう。しかし、高校生用の別製品No.254W-Sのバリアントは国内コレクター諸氏の鵜の目鷹の目捜索でかなりの種類が見つかりましたが、これは各支店に計算尺課まで設け、各高校に直接営業を掛けていた内田洋行の力が大きいかったようです。各高校にコネクションが弱かったRICOHの計算尺に特注品が少ないのはそのあたりのファクターが大きかったような気がします。
このRICOH OD-No.151Dが通常のNo.151と比べて見かけで激しく異なるのはまるでNo.1053のように尺目盛りの右側に計算式が付いたこと。そのため、あの特別に長いNo.151の右側にさえメーカー名形式名を入れられなくなり、No.1053同様に滑尺右横に縦にメーカー名形式名が入れられたことです。さらに逆尺はすべて数字も目盛も赤で刻まれており、以前大阪から入手した工業高校電子科特注品らしいNo.254W-Sに見かけがそっくりです。
 表面からLL1-,LL2-,LL3-,DF,[CF,CIF,ST,CI,C,]D,LL3,LL2,LL1,の13尺、裏面がKI,K,AI,A,[B,S,T,CI,C,]D,LdB,P,DI,の13尺の合計26尺。あまり尺を詰め込みすぎてST尺が前面に押し出されたのは手持ちのHEMMI No.254W-Sと同じ。また表面C,D尺には4π,1/2π,2πなどのゲージがフル装備になっていることからもわかる通り、これは電子系教科の特注品だということがわかります。さらに三角関数は10進のデシマルで、そのために末尾にDが付くのは角度の絡む電気の計算問題は10進で出てくることが多かったかどうかはもう記憶にありませんが。一応高校教育用だけあってずらし尺は√10切断ですがこのDF,CF尺双方とも延長尺があるので、ちゃんと目盛を読まないとπ切断なのか√10切断なのか判断しにくいところがあります。それに比べると手持ちのHEMMI No.254W-Sはπ切断で三角関数も60進でした。このRICOH OD-No.151Dのデートコードは「TS-10」ですから昭和46年の10月佐賀製。この頃までは小型カーソル化していないことがわかります。残念ながらケースとカーソルネジ1本欠品でした。固定尺・滑尺横切断面に「カシオ」とボールペン書きされているのですが、まさか計算機のカシオの備品ってことは無いと思いますけど、計算尺使って関数電卓の設計をし、結果的に計算尺の息の根を止めたのだとしたら話は面白いのですが…(笑)

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October 26, 2020

HEMMI No.642T 10"システムリッツ技術用

Hemmi642t_20201121143001  最近立て続けに出品が在ったため、思わず入札しそうになってしまいましたが、実は3年前にいただいていたことをすっかり忘れてしまったHEMMIのNo.642Tです。このNo.642Tは640Sシリーズの新しいタイプの計算尺の一つですが、その構造は山梨の技研計算尺を祖とする構造が踏襲されており、おそらくは山梨県内でOEM生産されたものではないかと思います。しかし固定尺と滑尺の芯に竹を使用していて、張ってあるものは技研系の塩化ビニール系プラスチックのように見えるのですが一応はセルロイドでしょうか?。内容的にはシステムリッツの計算尺ですので、No.64Tの進化系という形になるのでしょう。リッツ系とダルムスタッド系の計算尺は戦前が全盛期ですから、ここに及んで新しいリッツの計算尺がどれくらいの需要が在ったのかはわかりませんが、新たに滑尺にBI尺が加わったことでAB尺を使用して計算する際の利便性が増したようです。まあ世界中の計算尺の中でリッツタイプの最後を飾った新製品というとこは間違いないところでしょう。しかし1970年代に入ってからまったく新しいリッツの計算尺をリリースする意味があったのかということが非常に不思議な気がします。リッツの計算尺が世界の学術系・技術系で大量に使用されたのは1920年代から1940年代くらいで、そのリッツの計算尺で計算・設計されたものの恩恵は計り知れないものがあるのですが、どうも√10切断の片面尺No.2664の出現と専用両面計算尺が台頭してからのリッツ片面尺の需要は往年の勢いを失い、日本でも戦後のNo.64よりも戦前のNo.64のほうが圧倒的に数が多い傾向があります。それでも戦後になってもこのリッツ尺を偏愛する技術者や教育者の方はいたらしく、うちの第1号No.64でわざわざダルムスタッドNo.130のカーソルがついたものは、某PCコンクリートの鋼線設計技師のTさん。そしてもう一本は旧北海道自動車短期大学の計算尺教育で有名な先生の教え子が学校用に買わされたものです。その戦後のNo.64から64Tそして642Tとなるわけですが、果たして64Tと642Tはモデルチェンジに見合う数が売れたのでしょうか?そういえば、No.64TにしてもこのNo.642Tにしても使用されたものではなく、デッドストックで発見されるケースのほうが多いような感じがします。  

表面からK,A,[B,BI,CI,C,]D,DI,L,の9尺、滑尺裏がT2,T1,ST,S,の4尺の合計13尺です。カーソルは他のリッツ尺同様に副カーソル線付き。ケースは角青蓋のポリエチレンケースです。
 このNo.640S系の計算尺のセルロイドは接着がペロンと剥がれやすく、これも固定尺右上が浮き上がっています。薄い両面テープか何かで接着し直さなくてはいけない個体が意外に多いようです。また裏側のネジ隠しの蓋がすべて欠落していました。説明書は一般機械技術用No.642Tと書かれた冊子型の単独説明書で、デートコードは7311Yと昭和48年11月の印刷。本体のデートコードはあるべきところに見当たりませんでした。

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October 25, 2020

計算尺が登場したCM (パチンコ大王グループ2004年)

 このパチンコ店グループのCMはけっこう夕方近辺のローカル情報番組やドラマ再放送の時間帯に頻繁に流れていました。

そのため、当時の番組を録画したようなVHSのビデオテープを探せば出てくる気がしたのですが、膨大なテープを片っ端から探すのも面倒でそのままになり、さらに地デジで録画して重複したものなどはかたっぱしからテープを分解して分別し、ゴミに出してしまったためもう探す機会も失ったのですがさすがはようつべ。昔は上がってなかったのに半年前にアップされたようです。

https://www.youtube.com/watch?v=-6MsJuIMuyg

然して、この元になった動画は著作権の切れた(当時は50年超)なにかの映画からでしょうか?

  さあ、使われている計算尺は何でしょう?(笑)

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October 23, 2020

HEMMI No.274-S 高校生用(別製)10"両面型

Dvc00740  HEMMIのNo.274は高校生用の計算尺で、それはNo.264のリプレース版です。というのも計算尺の需要も昭和40年も後半になると学校教育用以外は電卓が幅を利かせるようになり、事業・研究用としての用途が減少してきた結果、新規の計算尺は山梨へのOEMでプラ尺製造委託を拡大させ、No.264などのナローな両面尺は新規の材料仕込み・エージングをやめ、No.259のようなワイドな両面計算尺に集約した結果として生まれたのがNo.274だと推測しています。それがだいたい昭和48年くらいの時期だと思うのですが、一部No.264とNo.274が混在していた期間があったようです。そのNo.274ですがデートコードからすると昭和48年以前のものは見当たらないようで、おそらくは青角蓋ポリエチレンケースのものしか見かけませんがNo.264は紺帯貼箱も青角蓋ポリエチレンケースも存在します。
 このNo.274は高校特納品なのか一般市販もさせたものなのかはわかりませんが、用途からして輸出はまったくされなかった計算尺です。時期も時期ですし、No.254WNという高校生用計算尺も存在したため、存在感も薄く、数も少ない計算尺ですが、RICOHの高校生用No.1051Sあたりと内容はほぼ同じですので、高校生用としてある程度の需要はあったのでしょう。そのNo.274ですがさすがに高校用だけあってNo.254Wほどではないにしてもちゃんと使用側の要望で「別製」というオーダー品が存在しNo.274-Sのスペシャルを表す「-S」があるということは、わずか2年ほど前にその存在が知られたばかりのことなのですが、実はうちには3年前にこのNo.274-Sが転がり込んできています。しかもPaul Ross氏のカタログに掲載されたものは通常のNo.274にdB尺が追加になったものですが、こちらはさらに交流のベクトル、力率などを計算するのに必要な角度換算尺(度とラジアン)が追加になっているNo.274-Sです。おそらくは工業高校の少々こだわりのある電気科あたりの先生からの特注品でしょうか?
 表面は上からL,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2,LL1,の10尺で裏面がdB,K,A,[B,TI2,TI1,SI,C,]D,DI,x,θ,の12尺の合計22尺です。√10切断ずらし尺の両面計算尺です
 これ、まったくの未使用未開封品でとてもではありませんが袋を開封してスキャナーに掛ける気がしません。そのため、袋のまま画像にしましたがご勘弁あれ。デートコードはXFで昭和48年6月ですが、説明書は7502Yと2年の開きがあります。デートコードは製品完成というよりも目盛を刻まない状態でエージングに入ったのかいつかという確認用になっているようで、通常説明書の2年の開きがあるのが普通ですから実際に目盛を刻んで説明書が付き、完成品となって出荷されたのは昭和50年の新学期ということになるのでしょう。

 実はこのNo.274-Sのバリアントの中にはデートコードZ刻印で、おそらくは昭和52年以降に工業高校に納品されたものなのでしょうが、なんとCIF尺がグリーンに化けただけでNo.274-Sのスペシャルコードが付いた、まるでP-253SPECIALのようなバリアントが昨年発掘されました。まだまだ各種のバリアントが発掘される可能性が残っているNo.274W-S、侮りがたい注目株です。

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October 22, 2020

HEMMI/OVAL 流量計算尺?

 株式会社オーバル(旧社名オーバル機器工業)は昭和24年創業。そもそもは楕円歯車を製造するために設立された当時のベンチャー企業で、社名とマークはそれに由来していますが、現在は本社を新宿に構える東証一部上場の流量計測器のトップメーカーです。
 イメージ的には水道やガスのメーターなのですが、その違いは容量ではなく流量計測に特化していてあらゆる粘度や密度や温度の液体や気体の正確な流量を計測するため、製造機器やプラントには欠かせないもので、現在はそのデーターを一括で管理する制御機器とそれを表示するモニターなどとともに重要度と応用範囲はあらゆる産業において年々増している状態です。
 その旧社名オーバル機器工業時代にHEMMIに特注された流量計算尺と思われる計算尺です。ベースとしてはNo.34RKなのですが、新たな尺種のマークとK尺にかわり下固定尺には圧力を表すであろうP(kg/cm2)が刻まれているというもの。滑尺裏はブランクです。流体力学は全くの門外漢なのですが、断面積あたりの圧力を計算する用途のごくごく単純なものでしょうか?
 デートコードはKCで昭和35年の3月ですからかなり古い専用計算尺です。また豚革サックケースに旧オーバル機器工業の楕円歯車をあしらったマークが型押しされていました。

入手先は静岡の函南町。隣接の三島市や沼津市周辺は織機由来の精密工業が盛んな地域だけあってけっこう古くて珍しい計算尺が発掘される土地です。以前、OHTA STAR計算尺という大珍品を発掘したのも実は函南町でした。

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October 21, 2020

無銘のJ.HEMMI No.6の謎

 逸見治郎が当時の豊多摩郡渋谷町猿楽町に工作所を移した直後のおそらくは大正2~3年の製品と思しきJ.HEMMIのNo.6です。しかも非常に興味深いことにまったくの無印良品ノーブランド。こういう100年ものの計算尺というのは付喪神となって意思を持って共鳴し合うらしく、先日玉屋商店OEMのNo.6系統のNo.9が来たばっかりですが、No.9に呼ばれて世に姿を表し、我が家にやって来ることになったのでしょうか?(笑)
 内容的には前回のNo.9とまったく同じで(但しNo.9の目盛は10インチ計算尺と同じ刻み方の精密計算尺)、滑尺に逆文字で特許の文字、滑尺を抜いた溝にPATENT.No.22129が入れられているのみ。No.9の上固定尺に刻まれたスケールはインチで、今回のNo.6はセンチという違いがあります。しかもよくよく観察すると上下の固定尺左右に刻まれている読み換えの指標がありません。なのにも関わらずπマークはA,B尺とC,D尺の両方にすでに刻まれています。裏側の換算表がないのは経年で失われることが多いものの、計算尺の程度からすると不自然で、最初からなかった可能性もあります。もしかしたら職人逸見治郎が目盛りの仕上がりが気に入らなくて名前を入れないまま廃棄した半完成品を、悪い使用人がいてそれを外部に持ち出し換金したことだってあるかもしれません。ブランド名がないのでその後の足がつかず、好都合だなんて廃棄品転売を繰り返していたら…ってどこかのHDDデータ消去会社じゃありませんけど。そんなことを想像するくらい、この無印J.HEMMI No.6は別な興味を掻き立てるものです。また、この時代はまだまだ舶来嗜好が高かったでしょうから国産でこういう完コピー商品作ってもなかなか売り先に恵まれず、職人に給料を払えなくて現金の代わりに現物支給したものなどと戦後の路上の万年筆売みたいな話を想像するのもなかなか楽しいことです。
 まあ、それだけ特許が降りた直後の逸見治郎の計算尺製作場は渋谷の猿楽町に工作所を移しただけでもかなりの資金が必要だったでしょうし、計算尺の需要がまだまだ限られた当時の社会状況で、なかなか計算尺製造販売のための回転資金を得るのは容易ではなく、相手先OEMブランドというのが必須だったとともに、このような無印のものが出回ったという事実に興味がつきません。カーソルにヒビがありますが、この時期のJ.HEMMI計算尺のカーソルガラスは単なる青板ガラスを切り抜いたものだったのか、特別に弱いような感じです。入手先は群馬県からでした。ところで滑尺右に刻まれている文字は「ヤミ」?ヤミの深さは超一級ですけど…

追記:これを譲っていただいた方からのご指摘で、この刻まれている文字はその方の名字の頭の「さ」ではないかとのこと。たぶんお祖父様の持ち物だったらしいとのことで、そうするとずっとその家に受け継がれてきたものですから疎かには出来ません。また、無銘で思い出しましたが、atom氏がロンドンのコレクターから譲り受けたNo.1がこれと同じく無銘で特許の逆文字入のものでした。海外に無銘のJ.HEMMI初期の計算尺が渡っているということは、もしかしたらJ.HEMMI”SUN"を刻み、海外で取得したパテントなどを刻む以前には輸出先でどうブランドを刻んでもいいように「無銘」で輸出していた可能性があります。 それを裏付けるように滑尺溝に刻まれているのはインチですし、滑尺を引いて全体の長さを図るスケールとして使用するのも主にインチを単位として使用している国への輸出が主目的と考えられますし。しかし、なぜ国内に出回ったのか、売り主様のお祖父様がどういう経緯で入手したのかという疑問と興味は残ります。

追記#2:古い玉屋の商品目録から拾った画像ですが、大正初期、おそらく大正十年あたりまでは5"の計算尺はこのように普通にノーブランドで出回っていたらしいのです。それが玉屋扱いだけなのか、他もそうであったのかはわかりませんが、やはり輸出が絡んでいただけにあえて日本のメーカー名を刻まず、国籍不明のノーブランドとして玉屋扱いで輸出に出されるのと同じものも国内に出回ったと考えたほうがよさそうです。このころまではJ.HEMMIなどという名称はまだ何の付加価値も生み出せなかったということでしょうか。

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October 20, 2020

コンサイス ラリーメイトDX

 コンサイスも以前はラリー用の計算尺、通称円盤を作っていたことが知られています。時代はまだまだ公道ラリーなんかが盛んだった昭和40年代初期から50年代初期ごろにかけてだと思いますが、コンサイスのラリー用計算尺は新旧の3種類あり、最初がラリーメイト、その次がラリーメイトll、その最終進化型がラリーメイトDXだそうで、初代ラリーメイトはアメリカの元祖ラリー用計算尺スティーブンスをコンサイス流にアレンジして独自のインジゲーターを装着し、使いやすくしたもの。ラリーメイトllはラリーメイトのインジケーターを金属から透明なアクリルにし、視認性を高めさらに内周円が回転する円形計算尺になったもの。ラリーメイトDXはメーター指示速度と実速度の補正が10%までしか対応できなかったものを25%にして、内周円のエッジを黄色に着色し、さらに盤の厚みを増して耐久性を高めたもののようです。現在残っているものの殆どはラリーメイトDXで、ラリーメイトは過去1枚だけしか見たことがなく、ラリーメイトIIもあまり数は出てきません。
 当時、まだまだ軽自動車さえなかなか庶民の手には届かなかった時代、ラリー用の自家用車を持つなんて会社を経営している父親がいる金持ちのボンボンくらいしかおらず、さらにラリーやレースにうつつを抜かしているなんてお金持ちの道楽くらいな感覚だったでしょうか?そのため、そのラリーの必須の道具としてのパイロットのP-1計算機やこのラリーメイトDXだってけっこうな金額の装備だったのです。いつの定価なのかは定かではありませんがラリーメイトDXの値段は8,800円だったそうで。
 このラリーメイトDXは当方2枚めのラリー用円盤なのですが、長い間ガレージの中で放置されていたのを発掘したらしく、ケースが油混じりのホコリで煤けていたような汚さでした。それでも中身はけっこうきれいなもので、そりゃ実戦でしか使わないでしょうから使用回数なんかたかが知れてます。円盤の直径は約23cm。目盛りの基線長約64cmで25インチに該当しますので20インチ計算尺を超えます。ただ、これは時間距離の精密さが要求されるのもさることながら視認性という問題も大きいのでしょう。真ん中につまみが起倒できるナットになっていてこれを締め付けることで2つのディスクを固定することが出来ます。スティーブンスの円盤の速度表記がmphだったのにくらべてkm/hになり直感的に使えるようになったと思いますが、輸出は考慮されていなかったのかmphのものは見当たらず、裏側に印刷されているインストラクションは日本語表記のみのようです。
 このラリーメイトDXは中身には差が無いようですが収納する袋が二種類あるようで、割と厚めで上から円盤を入れる黄色いビニール製の袋とブルーグレイの正面に横に口が開いたタイプがあるようです。どちらが古いのかはわかりませんが、今回のものには黄色いものが付属。ご丁寧に当時のレーシングチーム名(大手芸能プロダクション名と同じ)がマジックインキで書かれています。ちなみにこのラリーメイトという名前はコンサイスの登録商標だそうですが、これは「間違いだらけの車…」の徳大寺有恒氏が昭和40年代に経営されていたカーアクセサリーメーカー「レーシングメイト」のパクリでは?ってレーシングメイトのほうが逆にパクったのかな?(笑)

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October 16, 2020

ミクラ精機ミックラー小型加減算機M-6型

Photo_20201115122801  これも相当前に入手したものですが、ジャンル違いであまり調べる気も起きなかったため、いまままで放り出してあったものです。東京の板橋区大山東町にあったミクラ精機株式会社というところから発売されたミックラー小型加減算機という手動加算器の初期型です。というか改良型(M-7型というらしい。ってウルトラQか?)のほうが知られていないとは思うのですが、改良型のほうを先に入手しています。双方ともにあまりお目にかかるシロモノではありませんが。定価は当時価格で4500円だったようです。
 おそらくこれも昭和30年代末期から昭和40年代初期にかけてスタイラス計算尺に変わる歯車繰り上がり式ラック引き計算器として主に輸出用として作られたものなのでしょう。東京都優良輸出品認定を受けていると説明書に書かれていますが、認定番号は昭和41年度のもの。昭和40年代前半にはMGCのモデルガンも東京都優良輸出品認定を受けていましたから優良がイコール優秀かどうかはわかりません。モンドセレクション金賞みたいなものでしょうか?
 このタイプのラック引き計算器はスタイラスによるラック引き計算器と比べて繰り上がり繰り下がりが自動になったのが特徴です。加算はそのまま黒の数字を引いていけばいいのですが、減算が面倒くさくて、たとえば置いた数字から25を引くとすると一番下の金具を左にずらして左の桁から0,0,0,2,5,の赤い数字を全部下まで引かなければならないのです。そして金具をずらすことで5ではなく6が引かれることになるのですが、さすがにそれは面倒だと思ったのでしょう。改良型では金具がなくなり、最後にもう一度1を引くように記号で指示があります。そのような構造ですから加算減算が交互に来る計算などは数字が直感的に下が加算、上が減算のホイール式SOLOの敵ではありません。さらに計算速度はそろばんの足元にもおよびません。強いて利点を探すとSOLOがデスクトップ加算器と割り切っており、形状的に持ち運びするようなものではありませんが、ミックラー加算器は持ち運びが可能なポータブルの加算器だということです。もっともポケットタイプとは言い難いくらいの大きさで、重量も510gもあります。なんと普通のプリズム式8x30mm双眼鏡の重さです。そこで上下が長くて重いこの初期型を無駄を排除し、特に重くて使いにくかったリセットのメカニズムの動作方向を変え、さらに極力金属を使用しないでプラスチックを多用したミックラー計算器が昭和46年の発売と言われるM-7型という改良型らしいです。この改良型の重量は300gまで減りましたが、それでも大きさと厚みはまるで下駄のよう(笑)まあ、これだけの大きさの甲斐あって数字の視認性と操作性はかなり良くなったのですが、これが発売されたころにはもうこういう手動加算器の時代ではなかったのでしょう。この改良型は初期型に輪をかけてあまり見かけません。なにせまもなくカシオミニが発売されるのですから。

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関西機械貿易「手のひら計算機ソロ(SOLO) 」

 このSOLOという手動計算器はさほど珍しいものではないものの、どうも出自がわからないとつまらないので、しばらく前に説明書はないものの箱付きカバー付きで初めて入手したものです。関西機械貿易という大阪方面の会社が扱っていたもので、もちろん自社製造ではなく東大阪あたりに製造委託、もしくはどこかの企業の持ち込みなのでしょうね。他の歯車繰り上がり式手動計算器同様に日本ではそろばんの計算速度にはついて行けず、よほどそろばんの苦手な人以外には見向きもされなかったのでしょうが、庶民でも手が届く電卓のカシオミニが出てくるまでそこそこの需要はあったようですが、大部分、海を渡ってそろばんの無いアメリカに輸出され、貴重な外貨を稼いだようです。SOLOにはボディカラーがグレーとこのグリーンの2色が存在したようで、桁を間違えないように3桁ごとにホイールの色を変えてあるのが実にわかりやすいです。さらにミックラー加算器のようなラック引きのタイプはマイナスの計算のときは一番大きな桁から0を引いていき、さらに最後に1を引くという動作をしなければ正しい数値が表示されないものの、このホイールタイプは引きたい数値はその数字を逆に上の方に回すだけ。なので加減が交互に来るような計算には圧倒的に強いという利点があります。「手のひら計算機」がキャッチフレーズのソロですが、机の上に置いておき、普段は付属のビニールカバーを掛けておくというのは、当時のタイガー計算機あたりと同じような扱いだったのでしょうか。

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October 14, 2020

J.HEMMI No.9(TAMAYA No.1900) 5インチ技術用(精密目盛入)

 TAMAYAブランドのJ.HEMMI時代の計算尺は過去においてたったの一本しか捕獲に成功していませんが、創世記のJ.HEMMI時代の計算尺はこのTAMAYA、A.NAKAMURA、K.HATTORIの当時の代表的な計測器販売店名義のOEMとして売られていたということは、まだまだJ.HEMMIブランドで広く販売できるような実績も知名度もなく、そもそも逸見治郎は職人であって商売人ではなかったため、竹製計算尺を完成させたはいいが、どうやって販売していくかに苦労したことを感じさせます。ちなみにTAMAYAは江戸時代から続く銀座の玉屋商店。A.NAKAMURAは築地の中村浅吉測量器械店。K.HATTORIは服部金太郎を創業者とする銀座の服部時計店です。この国内OEM販売は大倉龜という商売人が逸見計算尺にかかわったことから徐々に解消し、"SUN"HEMMIブランドが確立した昭和4年ころには完全消滅したようです。このあたりはもう少し検証作業が必要ですが、OEMものがなかなか出てこないので絞りきれないというのが本音です。
 Jhemmi9_20201014132301 その中で久しぶりに発掘したのがTAMAYAブランドのJ.HEMMI No.9。5"のJ.HEMMI No.6の位取り付きでさらに10インチ尺同等の精密目盛が刻まれたために拡大レンズ入りカーソルのついた豪華版です。さらに発掘先が同じく北海道内で、ケースの内側にS.Y.の略号および室蘭発電所のスタンプとエビナの記名があるというもの。地元胆振で使われたものが出てきて、それを入手するというのはこんなにうれしいことはありません。No.6でフレームレスカーソルに変わったJ.HEMMI時代末期のものだったらかなり昔に終戦時海軍軍医大佐の持ち物だったというかなり程度の良いものを入手していますが、今回のTAMAYA No.1900/J.HEMMI No.9はそれよりもおそらく10年ほど時代が遡った大正2-3年頃の製品で、No.6系5"ポケット計算尺としては最初期に属するものです。一応竹製計算尺構造のPAT.22129が降りたのちの製品ですが、パテントナンバーは滑尺を抜いた溝のセルの部分に控えめに刻まれ、表面には逆字で特許の文字しかありません。またA,B尺にしかπマークが無い仕様というのは、うちにある他の計算尺でいうとJ.HENMI(not J.HEMMI)TOKYO JAPANの刻印のある逸見治郎が豊多摩郡渋谷町猿楽町に工房を移した直後の製品と思しきNo.1と全く同じです。しかし、このNo.6シリーズは後のNo.30系のポケット計算尺と異なり、厚みは普通の10インチ計算尺と同じで、それはやはりドイツのNESTLERやA.W.FABERの5インチポケット計算尺のような重厚感があり、一生使えそうな道具感を強く感じます。内藤多仲博士が恩師のドイツ土産にもらった5インチポケット尺をカーソルがバラバラになりながらもずっと使い続けることが出来たのもうなずける話なのですが、これが後の薄い5"ポケット尺ではこうはいきません。また、おそらくこの最初期に属すると思われるNo.9は拡大レンズが左端にオフセットされており、当然カーソル線もカーソルグラスの真ん中ではなく左側にオフセットされています。後のNo.9は素直に真ん中に収まりましたので、最初期型だけの特徴でしょうか?カーソルグラスの右端に半月型の割れがあるのですが、その価値を毀損するものではありません。あと、他のNo.6系では見かけない目盛というよりも馬の歯型の升目が刻まれていて、これはまったく意味不明です。
 ところで、この室蘭発電所の正体の解明は非常に困難を極めまして、のちの室蘭電燈という電力会社とは数年ほど年代も合わず、おそらくは北海道炭礦鉄道が鉄道事業の国有化の際に莫大な補償金を得て、それを原資に建設した輪西製鉄所(現日本製鐵)内の火力発電所のことではないかと思うのですが、確証はありません。S.Yはもしかしらた英語ではなくてローマ字読みで石炭ヤード、すなわち貯炭場の意味だったのでしょうか?

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October 13, 2020

A.W.FABER Nr.378 10”電気用 再び

 A.W.FABERのNr.378電気用です。これは以前に讃岐のさる旧家から出てきたという殆ど未使用に近いような程度の良いものを入手済みだったのですが、同じくA.W.FABERの古い計算尺ということがわかっていたものの形式がわからず、届いてみたら同じNo.378だったために調べる項目もなくダンボール箱の中に収められてしまったもの。おそらくは数年以上前に金額は700円なのにもかかわらず誰も見向きもしなかったのでかわいそうになってサルベージしたもので、発掘先は忘れました。以前のNr.378と比べると相当に使い込まれたもので、ケースはボロボロ、カーソル剥がれどめの木鋲は1本抜けてますし、カーソルグラスもヒビが入っています。それでも本来の役目を果たした計算尺の凄みのようなものを感じてしまいますが…
 このNr.378は逸見治郎によりJ.HEMMI No.3電気用としてフルコピーされ、折しも第1次世界大戦が勃発し、ドイツからの計算尺の輸入が途絶えた連合国側に輸出されて外貨を稼いだわけです。当然のこと根っからの目盛職人である逸見治郎は、その電気尺の目盛りやゲージマークなどの意味することはまったく理解はしていなかったでしょう。ただ機械的にNr.378をコピーしてしまったのでしょうが、本国ではまもなく逆尺付きのNr.398に生産がシフトしていきます。そういう計算尺の世界的な流行のようなものがわからなかった逸見治郎は大倉龜からの経営参加申し入れが無く、宮崎治助のような理論派が製作に参加せず、旧態依然の計算尺を作り続けていたとしたら、日本の計算尺が世界を席巻するという歴史はなかったかもしれません。
 今回のものは以前のNo.378同様に明治末期から大正の初期に銀座の玉屋商店によって輸入されたもので、年代も一緒なら目盛やゲージマークにも全く差がないのは当然です。それだけ比較による興味をひかれるポイントがまったくないのですが、それでも日本にやってきて100年はゆうに経過している計算尺です。器物100年超えると付喪神となって化けて人をたぶらかすそうですからおいそれとはうっちゃっておけないそうです(笑) さて、計算尺はどのように化けるのかと水木しげる先生的に考えると、おそらくはムカデみたいに足が生えてそこいらを這い回る「妖怪ゲージゲージ」になってしまうのではないかと(笑)
 とりあえず化けられては困るので、機会があったら抜けた木鋲を竹で作り直し、カーソルグラスを移植するか、ポリカーボネート板で作り直すかしなければいけません。
 ところで、この時代のドイツの計算尺は英国尺がマホガニー製だったのに対して西洋梨材を使用した木製尺が多いのです。英国が植民地から豊富な木材資源が入ってきたのに対し、ドイツはマホガニー材を産出するような植民地資源に乏しく、そのため国内調達の可能で材質が緻密な西洋梨材を選んだのでしょう。
 このNo.378も日本にやってきてから軽く100年を経過しながら長年の湿気による反りや狂いなどがまったくありません。これはすごいことだと思いましたがよく観察すると2本の固定尺ともに表面に対して直角に金属の帯板が入っているのが見えます。これのおかげで100年経っても狂いが来ない木製計算尺を実現していたのでしょうが、贔屓目にはやはり竹を色々組み合わせて狂いのこない計算尺を考案した逸見治郎の業績は偉大です。

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特殊計算尺研究所蔓巻ばね計算尺&総合ばね計算尺

 桐生の特殊計算尺研究所の蔓巻ばね専用計算尺と総合ばね計算尺の2種セットで入手したもので、おそらく数年前にヤクオフで入手したものだと思いますが、入手先は忘れてしまいました。もうかなり以前に機械設計を本業とするJA1コールのOMさんから総合ばね計算尺を入手しましたが、この計算尺の細工と質は最高で、まさに近代計算尺の最高峰とでもいうべきものでしたが、個人企業のこの会社がすべてを製造できるわけはなく、おそらくはどこかの計算尺メーカーに外注したものだとは思うのですが、そのセルロイドの質感、メッキの光沢などを見るとどうも昭和30年代のリレー計算尺が怪しいような気がしました。佐賀は遠いから川越に通って仕様を煮詰めて完成させたものなのでしょうか。
 それに引き換え、今回のものは内容的にはまったく同じものの、本体が樹脂、いわゆる塩化ビニール(PVC)で製造は山梨技研系のプラスチック計算尺メーカーに変わった感じです。竹製のほうは道具としても素晴らしい名品の風格がありましたが、それがプラスチックに変わり、いささか道具としては愛情を注げないものになりました。もちろん計算するための道具ですからその本質はまったく変わらないのですが、どうしてもそういう見方をしてしまうのです。
 前回総合ばね計算尺を下さったJA1コールのOMさんが昭和45年ころに桐生のその研究所に電話を掛けたところ、奥さんが出てきてもうばね計算尺のビジネスには関わっていなくて別な研究をしていると言われたとのことでした。桐生というと昔は機業が盛んで織物機械の音が街中に絶えなかった場所ゆえに機械的な技術を持つ人が当然多かったのでしょうが、一時期パチンコ台の製造が集中していたことがあり、それ関連の考案でもしていたのでしょうか?
JA1コールのOMさん曰く「日常ばねばかり設計しているばね屋ならいざしらず、たまにばねの設計しなければいけないという程度の機械設計屋にとってはかえって煩わしく、机の中から取り出す機会はあまりなかった」とのことですが、大抵のばね計算尺というものは徹底的に使い込まれたものいうのは少なく、きれいなものが多い傾向があります。この2本も殆ど使い込まれてはいなかったものでした。
 蔓巻ばね計算尺はいわゆるコイルスプリンクの押し引きの力を主に計算するもの。総合ばね計算尺はその他のねじりばね、板ばね等のトルクやたわみ荷重などを計算するもので、当然のことばねの材質により数値が異なるため、材料ごとの補正目盛りがあります。説明書が入手できなかったJA1コールのOMさんが独自に探求した計算法のメモ書きをいただいたのですが、それを使用して実際の計算を行ったことは一度もありません(汗)
 今回の2本の計算尺は内袋も説明書もついた完品だったのですが、なぜか双方ともに蔓巻ばね専用計算尺の説明書がついていました。定価4300円に横線を入れて4800円になっていますが、説明書自体は竹製の時代のものと変わりません。年代的には昭和45年以前のおそらくは43年位の製品でしょうか。
 面白いことにこのプラ製ばね計算尺はカーソルのネジはマイナスネジなのですが、これ以前の竹にセルロイドのものにもカーソルネジ等はプラスネジのものがあります。

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October 11, 2020

HEMMI No.51/3 10インチ片面技術用

 このHEMMI No.51/3は宮崎治助氏のお孫さんの宮崎敏雄さんからのいただきものです。
実際に宮崎治助氏が使用していたものではなく、宮崎敏雄さんが宮崎治助氏の宮崎家のルーツや足跡をたどるうちに資料として入手した3本のうちの1本のようです。宮崎家のルーツに関してはもう少し機が熟してから書きたいと思いますが、そもそもは江戸時代から秋田の荒川鉱山に関わる仕事に携わっていた家系です。うちの祖父の従兄弟である宮崎卯之助氏は宮崎家に婿養子に入ったらしく、当家と宮崎治助氏は直接の血縁関係は無いとのことですが、計算尺という因縁で目に見えない繋がりがあるような気がします。
 宮崎治助氏は明治24年に秋田県の現在は大仙市にある荒川鉱山の生まれで、荒川鉱山で電気技師として働き始めたころには岩手の個人から三菱鉱山に経営が移ってから久しく、これにより鉱山の設備も近代化し、アメリカから巻き上げの電動機や排水ポンプ、それに電力を供給する発電機なども設置され、荒川鉱山は秋田市内よりも先に電灯が灯った場所だったのだそうです。宮崎家は江戸時代からの鉱山を労働力請負業、いわゆる飯場を経営していて、その一族には小説家の松田解子さんがおり、この松田解子さんは宮崎治助氏の継母の孫娘にあたるのだとか。この松田解子さんの「おりん口伝」の中に当時の荒川鉱山の様子と宮崎家の飯場の様子などが生々しく書かれています。当家の祖父の従兄弟の宮崎卯之助氏は小学校卒業するかしないかの歳でこの宮崎家の飯場に年季奉公に出され、本人も「タコ部屋に入れられて苦労した」などと自嘲的に話していたらしいのですが、元来真面目で器用だったこともあり、荒川鉱山のポンプやモーターなどを取り扱う電気技師になり、それを治助氏継母の「これからは電気」という考えから継母の実の孫娘の養子にさせられたというのが宮崎家に連なった理由らしいのです。
 当時秋田県は全国でも有数の短命県で男子の平均寿命は40歳もいっていなかったらしく、それというのも保存食としての塩魚や漬物の類で塩分を大量に摂取し、さらに名だたる日本酒の生産県ですから酒量消費も多く、さらに冬の寒さが厳しいということで、高血圧が原因での脳卒中による死というのが多かったことが短命を決定づけており、その壮年男子の死というのが宮崎家の家系を複雑にしています。松田解子氏からすると宮崎治助氏は義叔父にあたり、直接の血縁ではないですが本人はずっと従兄弟だと思っていたそうで、同じく宮崎卯之助氏の奥方も宮崎治助氏は同じく義叔父にあたるのですが、本人はやはり従兄弟だと思っていたというのは卯之助氏を含めて年齢は10歳程度しか差がなかったからなのでしょう。
 HEMMI No.51/3に戻りますが、うちにはNo.51/1ならあったものの、No.51/3にはいままで縁がなく初の一本になりました。おそらくは昭和一桁台末期から昭和13,4年あたりのセカンドモデルとでも言うべきもので、目盛は馬の歯型のままですがセル剥がれ止めの鋲がなくなりややすっきりした姿に変わったものです。後にものさし型目盛と改良A型カーソルに変わったサードモデルに比べればまだ滑尺を抜いたセルの部分にものさしとして使う目盛も刻まれてますし、まだまだJ.HEMMI時代を引きずるというか、元になったA.W.FABERの古い意匠を継承している感があります。しかし、この滑尺を抜き差しした全体の長さを物差し代わりにするという仕組みは本当に役に立ったのでしょうか?

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HEAVEN No.82 8"学生用

Heaven  おそらくは山梨のどこかのメーカーがOEM元として関わったのではないかと思われるHEAVENのNo.82です。これは以前10把からげで入手した学生用計算尺の中にも1本入っていたのですが、本体に刻印その他メーカーに関わるものが一切見当たらず、唯一コームケースのような茶色いビニールサックケースからHEAVENのNo.82と判明したもの。一度底板と上下固定尺の接着が剥がれてバラバラになったものを黄色いゴム系のボンドで汚く貼り直したようなシロモノでした。
 今回デザインが特徴的な外箱はなかったものの、ちゃんと説明書が付属していたため送料込みで500円で入手したものです。さすがにこの計算尺に高い金額は付けられません。冊子型の真四角な説明書が付属していましたが、どこにもメーカー所在地や電話番号などの記載もなく結局はどこの会社だったのかは不明のまま。このHEAVEN計算尺はこのNo.82と同じくややコストが安そうな竹製8インチ学生用計算尺の2種類しか知られていません。
 そういえばもう十数年前のことですが、この学生用計算尺の目盛原版がまとめてオークションに掛かったことがあって、その中にHEAVENとHATOや技研っぽいものまでまとめて出てきたため、おそらくは同一の製造所で使われたものだとは思います。こういうものを目にすること事態、珍しいことでした。
 考えるに団塊の世代が中学や高校に進学する時期である昭和30年代中期あたりに空前の8インチ学生用計算尺バブルが発生し、HEMMIやRelayではまかないきれない状態なのに需要はそれを上回り、とにかく作れば右から左に売れるという時期があったのでしょう。そのため山梨に学生用計算尺専門のOEM製造所があって幾多の注文主指定のブランドで8インチ計算尺を収めていたということでしょうか。その注文主も専門の会社ではなくて、儲かりそうだから扱うけどクレームは御免と所在地もわからないようにして商売をしていたのでしょうか。でもまあ紙っペラ一枚の説明書ではなく、このHEAVENのようにまともに冊子型の解説書が付属しているだけでもマシというものです。
 おそらくはセルロイドではなく塩化ビニールを竹の芯にサンドイッチした上下の固定尺をプラスチックの裏板に接着しただけの構造ですが、わざわざ竹を使う必要があったものかどうなのか、竹の部分が皮目方向に湾曲して反ってしまっています。HEMMIやRelay/Ricohはエージングをきっちりやりますし、ちゃんと複数の竹を組み合わせますからまずよほど保管が悪いということがない限り8インチの学生尺でも経年劣化で反ってしまって滑尺が抜き差しできないということは考えられません。
 尺種は表面K,DF,[CF,CI,C,]D,A,の7尺。滑尺裏はS,L,T,の3尺の合計10尺を備えますが、このHEAVENの名前のつく計算尺は双方ともに√3切断のずらし尺を備えるものです。
 そういえばこのコームサック型起毛ビニールケースは以前のものと入り口のカットが異なるので、どちらが先かは知りませんが二種類存在することになります。

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October 10, 2020

RICOH No.1051V 10インチ両面高校生用

 RICOHの高校生用両面計算尺はそのバリアントが実にややこしくて、先日書いたように無印のNo.1051に小型カーソルがついて青蓋ポリエチレンケースで出現するなどと枚挙に暇がないのですが、家の中の青蓋ポリエチレンケースをふと空けてみたら、その中から出てきたのはNo.1051V。しかもグリーンCIFで小型カーソル付き仕様なのです。数日前に「No.1051Vは旧型の赤蓋ベージュ貼箱のものしか見たこと無いので、もしかしたら途中で無印1051に変更になったのか」などと推測していたら、その説を覆す、しかもぐんと時代が下ったものがこともあろうに家の中から出てくるとは…
 これ、どこからどういう手段で入手したのかということがまったく記憶にないのです。まさに「記憶にございません」なのですが、果たして無印No.1051とこのNo.1051Vがどう異なるのかということが実証できることになるとは思ってもいませんでした。
それで、結論としては同じくπ切断ずらしのNo.1051系両面計算尺のNo.1051の無印の三角関数目盛はデシマルで1度は10分割、No.1051Vの三角関数目盛はは1度が60分で6分割という違いだけです。その他はゲージマークなどにまったく違いがありません。また三角関数は双方ともに順尺でした。
わかりきったことですが、まあ一応No.1051Vのレイアウトは表面がLL1,L,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2の10尺、裏面がK,A,[B,S,T1,T2,C,]D,DIの9尺の合計19尺で、滑尺部分だけ新しく型を起こしてグリーンCIFなり、小型カーソルがついたのですが、これだけで近代化したような感があります。デートコードはVS-1Lで昭和48年の1月佐賀工場製。末尾のLはこれもLast Issueの意味でしょうか?
 しかし、No.1051Vは金属枠のカーソルがついた中期型がまったく見当たらないのですが、どこにいってしまったのでしょう?またNo.1051の無印小型カーソル付きも中期型は見かけたことがないような気がします。


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RICOH No.1015SE-I 10インチ両面高校生用

 つい最近までRICOHのNo.1051シリーズのNo.1051S-Iの末尾部分を数字の1だとばかり思っていたのですが、過去に入手したものや今回入手したものを見ても明らかに逆尺付きのインバースを表すアルファベットの「I」であることを今更ながら気が付きましたので、認識を訂正しておきます。
 過去にNo.1051シリーズを次々に入手したのは15年前ですが、そのなかの未開封で小型カーソル付きグリーンCIFでNo.1051S-1としていたものはどう見てもNo.1051S-Iの間違いです。なぜか15年ぶりにNo.1051の仲間たちやそのルーツになったご先祖さままで矢継ぎ早に入手することになったのがそもそものきっかけです。
 その中の一本であるRICOH No.1051SE-I両面高校生用ですが、画像がよくわからなかったためグリーンCIFと金属フレームカーソルを見てグリーンCIFの開始時期と金属フレームカーソルから小型カーソルに変わる境界線を知る参考になるのではないかという単純な考えで入手したもの。届いてみたらNo.1051SE-Iで三角関数が逆尺になったことと、裏側DI尺下に新たにdB尺が加わり、合計20尺になったことがNo.1051Sと異なります。同じくHEMMIの高校生用No.254Wに対する別製仕様のNo.254W-Sみたいな感じでしょうか? RICOHの高校生用計算尺というと東日本よりも西日本から出てくる例が圧倒的に多く、こちらは大阪から出てきたものです。
 他のNo.1051系の計算尺と比べても三角関数が逆尺になったこととdB尺が加わった以外に目盛の細密度や尺の順序などの変更はまったく見当たらないようです。ただ、No.1015SE-IはK尺上ではなくC尺上の6.2の位置にVゲージマークが加わっているのですが、このVゲージはどういう計算法に使うのでしょうか?
 このVゲージマークはNo.1051SE-Iに限らずどうやらグリーンCIF化したNo.1051Sなどにも共通なようです。
 デートコードはTS-12ですから昭和46年12月製造。やや特殊なNo.1051系ですが、このころまだ金属フレームカーソルが使われていたということでしょうか?

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Relay No.DT-1015 10インチ両面技術用

 国内ではあまり見かけないダブルスターリレー時代のRelay DT-1015です。このDTという形式名は輸出用のものでDがDuplex、TがTechnicalの意味で両面技術用を意味します。この時代のダブルスター時代のRelay両面計算尺は殆どがアメリカ向けの輸出に当てられ、国内にはその殆どが8"と10"の片面計算尺しか見かけません。そのため、輸出品番の両面計算尺が国内にあることはあるのですが、HEMMIなどに比べると非常にレアケースで、多分このDT-1015はここ15年ほどで10本はオクにも掛かっていませんが国内に残っている種類としては一番多く、国内で正規に市販されていたことがわかります。。ダブルスター時代のRelay計算尺の両面型はアメリカ代理店のOEMが非常に多く、かえって自社☆Relay☆で輸出された数のほうが少ないようなのですが、OEMものはOEM先の要求でデザインが決められていたようで☆Relay☆の型番に該当しない物も多いようですが、逆にこのDT-1015はOEM先の名前で発売されたものが見つかりません。どうやら当時のリレー産業のオリジナルデザインのようです。
 この計算尺をぱっと見て感じたことはRICOHのNo.1051に非常に似ていることで、例えば表面のLL1尺とL尺の順番が違ったり三角関数尺は一部異なったり、さらに延長尺があるなどの違いがあるものの内容的にはNo.1051にほぼ同じです。言うなれば高校生用として多用されたNo.1051のルーツになった計算尺なのでしょう。
内容的には表面L,LL1,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2,の10尺で裏面がK,A,[B,S,ST,T,C,]D,DI,の9尺の合計19尺です。ちなみに無印のRICOH No.1051がLL1,L,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2,の10尺、裏面がK,A,[B,S,T1,T2,C,]D,DIの9尺の合計19尺でほぼ同じ。型番も1015の下二桁がひっくり返って1051になったと考えれば納得がいくもの。しかしまあ高校生計算尺の定番のルーツが輸出専用尺にあったとは驚きました。延長尺の分だけNo.1051よりもやや長く出来ておりNo.1051が全長32cmに対して33cmあります。No.151や159が35cmですからどちらにも分類されない不思議な計算尺です。ケースはダブルスターリレーの昭和20年代紫色ケースと異なり、30年代リレー計算尺の両面計算尺用と共通の緑の貼り箱入りですが箔押しは「HIGH CLASS☆Relay☆BAMBOO SLIDE RULE」です。製造刻印は見当たりませんがおそらくは昭和30年代初期のリレー産業時代の製品でしょう。

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October 05, 2020

HEMMI No.34RK 5インチ片面技術用 富士電機ノベルティー

 富士電機はドイツのシーメンスシュケルト社と古河財閥の古川電気工業が合弁で昭和3年に設立した会社で、変圧器や発電機などの重電部門と電話機などの通信機器を製造するための会社でした。そののち昭和10年頃に電話機などの製造部門を富士通信機として独立させますが、現在でも富士電機は国内重電8社(日立製作所、東芝、三菱電機、富士電機、明電舎、日新電機、ダイヘン、東光高岳)の一つで、業界内では4位の営業規模を誇っているそうです。
 シーメンス社は現在でも電力、通信、交通、医用機器などの国際的な大企業ですが、もともと電信などの通信インフラの会社シーメンス・ハルトゲが重電のシュケルト社と1892年に合併し、シーメンスウントシュケルト社となったことで通信と重電などを合わせた電気機器の大メーカーとなったわけです。世界で初めて電気機関車を作ったのはシーメンス・ハルトゲです。日本では明治時代から通信・電力で進出してきましたが、明治33年にシーメンスウントシュケルトの日本支社を設立。各地に発電・変電設備や通信インフラを売り込みました。古河財閥とのつながりはまず明治中期に足尾銅山の運搬用電気設備を納入したことに始まり、電気精錬用の日光発電所の受注などに続きますが、シーメンスウントシュケルト日本支社は大正8年の海軍の船橋通信所のテレフンケン式無線設備納入に絡む海軍高官への贈収賄事件発覚。その後の第一次大戦勃発での交戦国となったこともあり「シーメンス」の名前がマイナスイメージとして日本人の頭に刻み込まれたイメージダウンのため、単独では商売がやりにくくなって古河財閥との合弁企業設立に動いたのでしょうか。
 今でこそ英語読みのシーメンス社というのが日本でも通り名になってますが、昔の日本では「ジーメンス」と濁ることが普通で、うちの父親世代の技術者も普通にジーメンスと呼んでました。本国読みでも「ズィーメンス」の濁るのが普通でした。その富士電機のフジは古河のふとジーメンスのジの合成語だそうです。旧富士電機のマークも丸に小文字のfとsを組み合わせたもので、さらにスピンアウトした富士通信機はそこにTの字が加わるというわかりやすさ(笑)
 その富士電機の旧マーク付HEMMI No.34RKです。デートコードはTLで昭和44年の12月のもの。旧マーク廃止してロゴマークに変更する直前のものになりますが、もうこの時代だったらノベルティー用のものだったらP35などの系統が主流で、あえてコストの高いNo.34RKを採用したってところが点数高いですね。
 入手先はたぶん見たこともない34RKもどきとともに静岡県の函南町からやってきましたが、以前この函南からはOHTA STAR計算尺などという大珍品が発掘された場所です。

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HEMMI No.51/1 10インチ片面技術用

 戦前ポリフェーズドマンハイム計算尺の代表選手No.50の位取カーソル付きのNo.51/1です。
取り立てて何の変哲もない、世の中にはかなりの数が残っている珍しくもない計算尺ですが、入手先が福岡筑豊の川崎町からでした。
このあたりで戦前にこんなものが必要な業種というと炭鉱しかありません。それも大手の田川炭鉱や大任炭鉱の周辺部でとくに中小の炭鉱が数多く存在した場所です。そういう歴史的なことを考えると、たとえ数が多く出回っている計算尺であっても疎かにはできないというものです。
 自作の目の荒い防水のキャンバス地のケースに収められていたこのNo.50/1はそのキャンパスに含浸されていた薬品の影響でセルロイドがかなり茶色く変色していました。このキャンバス地というのは機械の駆動ベルトに使用していたものか何かはわかりませんが、おそらくは機械設備用の何らかのものを流用したのでしょう。ボール紙のサックケースがボロボロになった後もこういう自作ケースに入れられて大切に使われていた様子は技術者にとっての武士の刀のような扱いだったことがわかります。内藤多仲博士は「船頭の櫂みないなもの」と称していましたが(笑) 裏側に「フカエ」の名が刻まれています。このフカエさん、どこの炭鉱の技師だったのでしょう?
 内容的にはセル剥がれ止めスタッドのない馬の歯型目盛の標準タイプということで、年代的には昭和一桁台の末から昭和12-3年あたりの製品でしょうか?その後目盛の切り方が変わってものさし型目盛に変わりますが、やはりNo.50系統はクラシカルな馬の歯型目盛のほうが似合う感じがします。また馬の歯型目盛タイプの50系統は滑尺を抜いた溝にも目盛が刻まれて滑尺を抜き差しした全体の長さでものさし代わりに使用できるのですが、これもものさし型目盛のNo.50系統では省略されてしまいましたし… またこの個体は上固定尺はインチ目盛、下固定尺側面はセンチ目盛で、滑尺の抜き差しで測れる長さもセンチです。

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October 04, 2020

RICOH No.116 10インチ片面事務用(プラスチックカーソル)

 こういう計算尺が出てくるというのは妙に心地が悪い感がありますが、これは何の変哲もないRICOHのNo.116です。Relay時代から作られた片面計算尺でHEMMIの大定番No.2664Sの対抗馬なのですが、三角関数の逆尺がHEMMIの特許だったらしくこのNo.116には使用できなかったため、表面下固定尺にDI尺が追加され、No.2664S同様の操作性を備えるのですがそのためNo.2664Sが表面8尺なのにこのNo.116は1尺多い9尺を備えています。
 うちの一番新しいNo.116のデートコードはWS-3Lで、昭和49年3月佐賀工場製。No.116は昭和45年頃にCIFもグリーンに変わり、同時に上部スケール(25cm)の開始位置がK尺ロゴ上からだったものが中央寄りに変わりましたが、最終型に限るのかDF,CF尺の延長部分がDF尺のみになり赤から黒に変わるなどの変更がありました。しかし終始一貫カーソルは金属フレーム入りのガラスカーソル(但しカーソル線が赤から黒に変更)です。
 実はこのNo.116は何の変哲もないと書いたように昭和40年代前半のNo.116なのですが、なぜかカーソルがプラスチックの一体成型もの。それもRICOH No.84学生用の最終型プラスチックカーソルのようにカーソル上下側面にギザギザが成形されているというシロモノです。同種のプラスチックカーソル付きのNo.116は過去に1本しか見たことがありません。それは丹頂ベージュタイプのリコー初期型貼箱入りのNo.116Dで、殆ど使用されていない状態のものでしたからおそらくはオリジナルのカーソルなのでしょう。そのカーソルの形状は今回取り上げた普通のNo.116付属のプラカーソルとまったく同じで側面両側に指掛かりのギザ山が成形されたものです。そうすると年代は30年代末期から40年代初期なのですが、この普通のNo.116のデートコードはN.S-4ですから昭和40年4月の佐賀工場製。年代的には一致するようです。あと何本かこのプラカーソル付属のNo.116とデートコードを見てみたい気がするのですが、どうやら昭和40年頃に突発的にプラスチックカーソルで出荷したNo.116シリーズがあったものの何らかの理由ですぐに金属フレーム入りのガラスカーソルに戻したとしか今のところはいいようがありません。
 学生用8インチ計算尺のカーソルならいざ知れず、このサイズの10インチ片面計算尺用のプラカーソルは見たことがありませんし、ほかからの流用ではないのは同じカーソルが付属したものがあることからこれは出荷時のオリジナル仕様のようです。

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RICOH No.1051 10インチ高校生徒用

 青蓋ポリエチレンケース入りのRICOH No.1051の無印ですが、この無印のNo.1051は高校生用1051系統の中でも数量的にはかなり少数派の計算尺です。
1051系のバリアント収集・分析に関しては京都のItoh氏にかないませんが、今回取り上げたNo.1051無印は実に興味深いことに各パーツの年代が著しく異なるのです。というのも青蓋ポリエチレンケースは昭和44年あたりからそれ以前の透明プラケースから変更になり、さらに小型の新型カーソルは昭和46後半以降、さらにグリーンCIFも昭和45年辺りから出現し始めるというようなもので、こと1051系に限っては小型カーソル付き以降のものは原則グリーンCIFでなくてはいけません。
 ところがこのNo.1051無印は青蓋ポリエチレンケース入で小型カーソル付きなのにCIFはグリーンではなく旧タイプの赤字黒目盛が刻まれています。本来だったらありえない組み合わせなのですが、そんなことも気が付かずに実に6年以上も箱の中で塩漬けになっていました(笑)
 今回その矛盾に気がついてデートコードを改めて確認するとO.S-2であり、昭和41年の2月佐賀工場製。おそらくはπ切断ずらしの目盛を刻まれたばかりに工業高校需要の主流になれず、なかなか発注が来なくて日の目を見ることもなく、やっとアッセンブルされたときにはすでに大阪万博も終わっていたということなのでしょうか?そうなると少なくとも5年近くも目盛を刻まれたままいつか完成品になる日を夢見て半完成状態で眠っていたということになります。
 それでV切断ずらしのNo.1051は1051Vで世の中に出回っている数のほうが多いような気がしますが、当方の知る限りではNo.1051Vは初期型フレームレスカーソル付きで丹頂ベージュ色の貼り箱の初期型しか存在しないような気がしますが、どうなんでしょう? そのNo.1051Vが昭和41年頃に1051無印に化けてしまったような気がするのですが、なぜV記号が消滅して無印になったのかがわかりません。刻印その他No.1051VとNo.1051無印は差が無いような気がするのですが、じっくり比べたことがないためよくはわかりません…

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October 03, 2020

HEMMI No.91 10インチ片面スタジア測量用計算尺

 戦前逸見計算尺で最初のスタジア測量用計算尺のNo.90シリーズの位取りカーソル付きのNo.91の初期型です。これ、いつどこの地域から入手したかはまったく忘れてしまいましたが、裏のアルミ板が少々腐食しかかっているもののセル剥がれどめのスタッドピン付き副カーソル線付きA型カーソル付きでNo.90としては一番見栄えのするタイプのスタジア尺です。
 スタジア尺は超レアな技研No.9590からややレアなRICOHのNo.104は2本も所持しているのですが、これまでHEMMIのスタジア尺は2690を含めてまったくなかったジャンルの計算尺です。もっとも今は目視で標尺を覗くなどという時代はとっくに過ぎてレーザーを使用したトータルステーションを使用するようになってからも久しく、もはや助手と二人で行っていた作業も一人でこなすような時代になりました。うちにトランシット用の下げフリが未使用箱入りでなぜかたくさんあるのですが今や始末にも困ってしまい、いっそのこと猫のおもちゃにでも改造しようかと。確かほかにも過渡期に出現した超音波測距儀なんていうのもどこかにあるはず(笑)
 Dvc00664 このNo.91は表面がL, D [M1, M2, C] D, A で滑尺裏がS,S&T,T さらに下固定尺側面にK,AI尺が刻まれています。どういう計算でAのインバース尺が必要になってくるのかは今ひとつわかりませんが、この側面尺を読み取るのにフレームカーソルバーにカーソルを刻んだプラスチック片が埋め込まれていて、このカーソルで側面尺を読み取るようになっています。このシステムがなかなか秀逸で90系の特徴になっていますが、このスタジアのみの特別なカーソルを製造するのが大変だったのか戦後のNo.2690には継承されなかったのが残念です。
 90系スタジア尺の中でも個人的にはこのスタッドピン付きの初期型のNo.91がまとまりがあるというか一番見栄えがいいような気がします。おそらくこのスタッドピン付きのNo.91は昭和7年から2年間くらいの製造で、他のNo.64のスタッドピン付き等と同様にセルロイドの貼り方を改良したのかピンなしになってしまい、いささか見かけが寂しくなってしまいました。太平洋戦争が激しくなると生産ラインナップも物資枯渇で整理され、昭和18年頃の価格表にはNo.90と20インチのNo.96の2種類だけになってしまいます。そして戦後となっても90系統は復活せずヘンミのスタジア尺は新しいNo.2690が発売されるまで5年以上の間欠番になっていました。空襲で焼け野原になった日本の国土を新たに測量し、建物を建設するのにスタジア尺は不可欠だと思うのですが、なぜ欠品が続いたのかということに関しては一つの謎ですが、個人的にはヘンミの工場があった和光周辺には成増飛行場を始めとする軍の施設が多く、空襲の恐れがあったため、おそらくは生産設備の一部や彫刻原版などを山梨近辺に疎開させる準備をしていたのではないかと。その過程で90系の彫刻原版が輸送途中かなにかで戦災に遭ったか紛失したかして戦後すぐに再生産できず、新たにNo.2690を生産するまで時間が掛かったのではないか、なんて想像しています。 また戦時中に山梨に疎開させた生産機械で8インチ学生尺のNo.2640の製造をすでに始めていて、それが戦後すぐに山梨で独自に8インチの学生尺の製造販売のきっかけになっていたという話も想像してみると面白いのですが(笑)

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October 02, 2020

RICOH No.2501 10インチ両面技術用

 あまりオークション上にも登場しないRICOHのNo.2501です。おそらくはRelay時代から製造されてきたNo.151のリプレーズ版だと思いますが、No.151は昭和48年の製造で青蓋のポリエチレンケース入りのものまで知られておりそれ以降の製造だと想像していました。
 三年前に大阪の個人から入手してそのままだったため、今回改めてデートコードを見るとWS-4Lとあり、おそらくは昭和49年4月の佐賀工場製で最後のLは諸説ありますがこれで製造終了を示すLast Issueの意味合いではなかったかと想像しています。
 No.2501に関してはあまり詳しく取り上げた方もいないため、他にどんなデートコードがあったかもわかりませんが、どうもこの時一回限りの製造ではなかったかと。それも海外からのオファーがあったもののすでにNo.151のオフサイズのすぐに目盛りが刻めるベースが尽きていたため、No.1053サイズの本体にNo.151のデザインを少々近代的にアレンジして新しいフルログログデュープレックスの計算尺を作り上げてしまったのではないかと思います。
 その余剰品が国内にも出回ったのではないかと思いますがこのRICOHの4桁両面計算尺は技術用No.2501、電子用No.2506、電気用No.2509の三種類があったようです。
 実は以前RICOHのOEM先にアメリカのENGINEER'Sという会社があり、そこの発注品かとも思ったのですが、このNo.2501は単にENGINEERですからあえて使用用途の技術用の意味合いだったのでしょう。No.2506はELECTRONICS、No.2509にはELECTRICの刻印があります。アメリカに渡ったNo.2501を探したのですがそれに該当するものは出てきませんでした。計算尺末期の製品とはいえ、あまりにも出てくる数が少ないような気がします。この3種類の中でもNo.2506がかなり玉数が少なく、No.2509は十数年前には廃業文房具店発掘モノの未開封品を含めてけっこう出てきた時期があったのですが、最近はさっぱりです。
 表面からLL1-,LL2-,LL3-,DF,【CF,CIF,CI,C,】D,LL3,LL2,LL1の12尺、裏面はLL0-,L,K,A,【B,S,ST,T,C,】D,DI,P,LL0の13尺の合計25尺、π切断ずらしでCIFは近代的なグリーンCIFです。ケースはこの末期の両面計算尺にか使用されていないボール紙芯のビニールケースでご丁寧にも裏側に赤い別珍、いわゆるビロード地が張られていますが、かえって湿気を引いてしまい計算尺保管用としてはあまり適してはいません。カーソルは両面計算尺としては最後期型に属する小型のフレームがメッキプラスチック成形品、同じくアクリルの成形品カーソル板のはまったものです。

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October 01, 2020

KSSCばね設計計算尺(SPLING DESIGN CALCULATOR)

Dvc00657 Dvc00656   このバネ設計用計算尺は直径18cmもある大型の円形計算尺で、アメリカで開発設計されたものを日本で輸入販売するにあたり、日本語の説明書を添付したのかと思っていたのですが、メーカーを示す刻印はなくただ裏側にSJC(Spring Junior Club)とKSSCという印刷しかないので、どうやらSJCによって設計され、ケーエス産業株式会社というところから発売されたSPLING DESIGN CALCULATORというバネ設計用円形計算尺のようです。
 ケーエス産業は昭和50年に設立された標準規格ばねの専門商社で現在は台東区蔵前に自社ビルを構えています。外側ボール紙ケースに所在地中央区日本橋本町とご丁寧にも地図が印刷されています。本社ビルが千代田区から中央区日本橋本町に移転したのが昭和59年、台東区蔵前に移転したのが昭和63年ですからこの計算尺はその間の4年間に発売されたようです。
 現在はバネの設計というのは完全にパソコンのソフトウエアーに依存しており、昭和末期からパソコン普及期までのほんの短い間に需要があった計算尺なのでしょう。以前日本特殊計算尺製のバネ計算尺を譲っていただいた専門の設計者の方に聞いたところ、普通の機械設計屋でたまにばねの絡む計算しかしない技術屋には専門のバネ計算尺はかえって使いにくく、あまり出番はなかったとのことで、このバネ設計用計算尺もまったく使用された形跡のない未使用品でした。
 使用用途は説明書によると圧縮コイルばね、引張コイルばね、ねじりコイルばねの設計、応力の検討、またすでに設計されたばねの確認(但し断面は円形)となっており、各尺種記号はd:材料の直径(線径)mm、D:コイル平均径 [(コイル外径+コイル内径)/2]、N:有効巻数、G:横弾性係数、E:縦弾性係数、P:ばねに掛かる荷重、M:ばねに作用するねじりモーメント(トルク)、F:ばねのたわみ、T:ばねのたわみ角度、R:ばね定数、S:応力、D/d:ばね指数となってます。
 このばね設計用計算尺は計算尺としてはかなり新しいということもあり、現役のばね設計屋さんの机の中にはけっこう残っているという話も聞きます。もっとも日常で使用するのはエクセルだそうですが…


 

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