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November 27, 2020

HEMMI No.153両面電気技術者用計算尺の戦前戦後

 HEMMIの両面計算尺であるNo.153は昭和4年に発表されたユニバーサル型計算尺としてNo.150やNo.152に続いて昭和6年から発売された電気技術用計算尺です。特徴としては宮崎治助が考案して特許をとった二乗尺P尺Q尺を使用するベクトルの絶対値を簡単に求められるなどの交流電気技術に特化した計算尺ですが、べき乗尺を備えた両面尺の嚆矢だったこともあり、戦前は電気以外にも広く機械技術部門の設計者などにも使用されたため、戦前のNo.153は戦後に発売されたNo.153よりもはるかに多い数が世の中に出回ったような印象があります。もっとも戦後には分野別に専門の両面計算尺が続々と発売されて、相対的にNo.153の需要が減ったということが大きいのでしょうが、このNo.153は青蓋プラケースの昭和40年代後半まで実に40年近く製造され続けたHEMMIにあってはもっとも寿命が長かった計算尺の一つです。この青蓋プラケース入りの未開封品No.153を秘蔵していたのですが、なぜかデートコードが見当たらず、謎のNo.153でした。これは十分に検証を進めないうちに祖父の従兄弟で宮崎一族の卯之助氏のお孫さんの基彰さんに進呈いたしましたので、今は手元にありません。基彰さんは当方よりも10歳ほど年長ですが、幸いにも受け継いでくれるお孫さんもおり、宮崎一族の治助氏が考案した計算尺として引き継いでくれるはずです。
そのため、我が家には戦前のNo.153しか残っていなかったのですが、今回中古の昭和30年代もののNo.153を入手しましたので、両者の違いを検証してみたいと思いました。基本的には尺度や尺配置などには変更が無いのですが、一番目立つ変更点はC尺D尺の4-5の目盛が戦前は1/20、戦後のものはオキュパイドジャパン時代にすでに1/50刻みに変更になっています。ちなみにHEMMIの両面計算尺のこの部分の目盛が1/50のものはNo.250、No.P253、No.254Wの一部、No.254WN、No.264、No.266、No.274などがあり、1/20刻みの主なものはNo.251、No.255及びNo.255D、No.256、No.257、No.259及びNo.259D、No.260、No.P261、No.P267などがあり、主に事務用や学生用が1/50刻み、技術用が1/20刻みである傾向があるようです。あえて戦後すぐにNo.153がこの部分を変更したのはなぜだったのか、興味があるところですが、その他には戦前物はL尺末端の数字がちゃんと「10」なのに戦後物は「1」と0を省略。C尺D尺上の微小角計算用のゲージマークが異なり、戦後物は2から5の間の0.5単位でアローが付されています。また、戦前もののGθ尺も末端の数字は6なのに対して戦後、おそらく30年代になってから4部分に付番。戦前物はA,B,尺上にMゲージマークがあるのに戦後物は省略。戦前尺CI尺の1-2の部分は1/10ごとにすべて赤の数字が刻まれているのに戦後物は1.5部分に入るのみ。戦前物は裏面Q尺折返しのQ'尺の尺種記号も数字も赤で入っているのに戦後尺は記号も数字も黒で入れられています。またLL1尺の1.02から1.05までの間は中間部分にアローが入れられるも戦前ものには無し。戦前もののπマークは足が釣り針足なのに戦後型はJ型足ですが、これは世界的な流行に従っているのでしょう。しかし、当方はクラシカルな釣り針足のπマークにデザインの妙を感じるタイプです(笑) 戦前は革ケース裏に形式シールが貼られていたので本体に形式を刻んでいませんが、戦後物になって始めて本体に形式名が刻まれるようになりました。また尺種記号は戦前モノのほうが圧倒的に大きく、このベースボディーにはトータルデザイン的にマッチしているような気がするのですが、戦後物はこの記号のポイントが両面尺で統一されてしまったのか、いささか小さすぎるきらいもあります。また、カーソルは戦前物は当然枠に段なしのカーソルバネが八の字型で、戦後は20年代が段なし、20年代後半から段付きカーソル枠になったもののバネはまだ両端が接する八の字型。昭和30年代なかばに達して段付きカーソル枠でカーソルバネがV型の頂点一点で接するタイプに変更になりました。ちなみに最初に発売されたものだけフレームレスカーソルが付いていたらしく、オークション上で見たことがあります。
戦前のものが一本だけになってしまったため、今回入手したNo.153は昭和30年代中期以降のものらしく段付きカーソル枠でV字カーソルバネ付きのものでケースは緑の大型HEMMIロゴのもの。デートコードは「LI」と昭和36年9月の仕込みのもの。入手先が新潟の糸魚川市だったのですが、ケースにかなり古い時代に補強で貼られたと思われる紙のクラフトテープが汚らしいので、それを溶剤で慎重に剥がすと、ケースの裏側に「S37年購入大所川発電所用」というマジックインキ書きが現れました。調べたところ、なんと糸魚川市の青海にあるデンカの青海工場に電力を供給するために姫川に大正12年に建設された企業用水力発電所だったのです。奇しくも電気化学工業の前身北海カーバイト工業は王子製紙苫小牧工場に電力を供給する千歳川第一発電所の余剰電力を利用して石灰石と木炭をからカルシウムカーバイトを製造する工場を当時の苫小牧町に建設したのがそもそもの創業で、そのカーバイト工場は大正末期に王子製紙の拡張で余剰電力が得られなくなったため、創業から12年ほどで自前の水力発電所を建設した糸魚川市の青海に移転したという関係があるのです。今でも苫小牧市白金町の王子紙業という再生パルプの製造工場の敷地内に「デンカ創業の地」の小さな記念碑が立っています。そのような苫小牧から移転したデンカの自社水力発電所で使用されたNo.153が創業の地苫小牧に帰ってきたのですから、その不思議な巡りあわせにに驚くばかり(笑) しかも我が家と縁のある宮崎治助氏の考案のNo.153というのも何か出来すぎという感じもします。ただ、うちの苫小牧では昔カーバイド工場があったという話は亡くなった父親世代しか知らない話で、後に王子製紙に引き継がれたカーバイド工場の社宅やカーバイド工場に勤めていてのちに王子製紙の従業員に配置転換した人の「元カーバイドにいた○○さんの息子が…」なんて話が通じる人は現在では皆無になってしまいました。

(上からユニバーサル型時代の戦前No.153表、裏、戦後「デートコード:LI」のNo.153表、裏、ケースの書き込み)

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S37年購入のはずが「購」の字が間違えて講義の「講」の字になってます。「昔は貝が貨幣の代わりにされ、貝で買うから購入なのだ」って学校で習いませんでした?しかし60年近く経過して誤字を指摘されるなんて間違えた人も立つ瀬がありません(笑)

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