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June 20, 2021

民放AMラジオ局2028年に殆ど廃止

 以前から話は出ていましたが、全国の民放ラジオ放送局が2028年にAM放送を完全停波し、FM放送に完全移行することを発表しています。それというのも広告収入の減少により老朽化した放送設備を維持できなくなってきたため、比較的放送設備が簡単なFM放送に完全移行するということで、その際はTVの地上デジタル化で空きになった90MHz帯で専有周波数帯幅の広いFM波での放送に完全移行し、現在のAM放送視聴範囲はFM中継局を設置してエリアアカバー(90%)するということらしいです。ただし、完全FM化しても現在の放送エリアををカバーしきれない北海道(HBCとSTV)ならびに秋田(ABS)の3局だけは2028年以降もAM放送を継続するということなのですが、この3局もWFM局での放送はすでに始めていてAM放送と同じ内容の放送を90MHz帯で放送していますので、中継局全域カバーの問題さえ解決できればAM放送停波ということも十分考えられるのです。ただ、北海道は周辺海域で操業している漁船の聴取も考慮しなければいかず、全面的にワイドFM化してAM廃止ということは現実的ではないかもしれません。 諸外国の実情はドイツとフランスではすでにAMラジオ放送は2015年に廃止され、FMラジオ放送しか行われていないとのこと。EUを離脱したイギリスではまだAMラジオ放送は安泰なもののFM放送に移行した地域もあるようです。アメリカでは逆にAMを停波してFMのみの放送完全移行をFCCに申請したラジオ局にFCCが許可を出さなかったなどという話もありますし、アメリカは国土も広いため、AM放送局はいまのところは安泰のようです。同じように国土の広い中国やロシアでもAM廃止ということは考えられません。ああいう国は垂直アンテナより断然高利得の巨大な指向性アンテナを全方向カバーで展開して1000KW級超の出力で全領土に電波を飛ばす広い土地もあるでしょうし(笑) そういえば、ドイツやフランスの国内向け自動車のラジオは当然FMしか受信できないものを搭載しているのでしょうか?あまり話題にもなりませんが、今はナビなどと統合されたオーディオシステムで音声で操作なんてことも当たり前でしょうからAM受信機能が密かになくなっていたとしても、知らない人は気が付かないかもしれません。
 とはいえ、今の世代はタブレットやスマホで、もしくはAI スピーカーでradikoを介して放送は聞くことはあっても、そもそもまともにラジオなんざ持っていない人のほうが多いのではないでしょうか?どういう統計を取ったのかはわかりませんが、今の所90MHz超のWIDE FMを聴取可能のラジオの普及率は53%だといいます。これ、radikoでの聴取者数も反映されているのかどうかはわかりませんが、うちの普通の古いAMモノバンド真空管ラジオがダメなことは当然として、FMのあるラジオでも一時期流行ったTVの音声が3chまで聞けるというラジオはたぶん大丈夫ですが、古いラジカセに2台くらいあったかしら?KENWOODの広域帯受信機能付きのTH-F7もいけそうですが、そもそも現居住地が北海道なのだからAM停波問題は地元放送局に関しては関係ありませんし、ほんの2kmくらいしか離れていないところにSTVのAM中継局の高いアンテナが立ってますし、戦時中の再生検波のラジオであろうと、古い通信機型ラジオであろうと今の所は心配ありません。
 しかし、今の若者はスマホでradikoを使ってであろうと、週にどれだけラジオを聞いているのでしょうか?好きなアーティストや芸人のオールナイトニッポンなんかはタイムフリーの聞き逃し受信を使って好きな時間に再生することはあっても自分のライフスタイルの中にラジオのリアルタイム聴取している若い人がどれだけいるのやら。その若者のラジオ離れというのが深刻な問題になり、さらに新型コロナウィルスによる飲食店営業自粛などのあおりを受け民放ラジオ局運営の生命線であるローカルCMスポンサーは軒並み撤退。さらに大手のCMスポンサーはネット広告に流出してしまって収支が成り立たなくなり、結果として設備維持も成り立たなくなってしまったということなのでしょう。実は今はどうかは知りませんが、昔からラジオのCMというのはTVには出てこないような独特なものが多く、というのもTVは家族で見るもの(今は違いますが)ですが、ラジオは基本個人で部屋に籠もって聞くもの。まだ宵の口から鶴光が「注射まだでっか?」なんてやっていたので、CMも圧倒的に若者向けの商品が多く、昭和50年代初期には計算尺に変わって爆発的に普及した関数電卓のSHARPピタゴラスのラジオCMなんかがありましたし、若者向け出版物、レコードの新譜、秋葉原の家電量販店、コンタクトレンズのCMも多かった。平成に入ってからはマイルーラなんていう避妊具や包茎手術のCMまでやっていたのはTVには真似のできないところ。そのラジオCMというのはビジュアルがなく「言葉で聞かせる」ものですから一種独特で、小芝居がらみが多かったのが特徴でしょうか。
 現在ラジオ放送への依存度が高いのは高齢者で、NHK R-1のラジオ深夜便を一晩中つけっぱなしという人も多いのでしょうが、実は当方もラジオ深夜便からマイあさに至るまで40年も前に秋葉原で購入した古いラジオのつけっぱなしの習慣がついてしまっています。というのも学生寮出てアパート暮らしになってから2年以上もTVがなくて、アパートに帰ってからはもっぱらラジオ生活であったことからTVを見るよりラジオを聞く生活が身についてしまったことと、ラジオで緊急地震速報が放送されるようになってからしばらくして東日本大震災が起こり、それが契機となって防災上、一晩中ラジオ点けっぱなしが習慣になってしまったのです。胆振東部地震のときは揺れ始めてから緊急地震速報が鳴りましたが、それでも飛び起きたため崩れた本の下敷きになるのを免れました。タイムラグのあるradikoでの受信だとこういうわけにはいきません。また緊急地震速報発報に関してはエリアメールや地元の防災無線の速報音よりも断然早かったような気がします。そういう防災上の観点からNHKは現在のR-1,R-2の2局放送を1局に統合するもののAM放送は継続することとされています。そのため、戦時中はNHKも2局が1局に統合され、全国同じ放送が流れていたわけですから戦時中の再生検波のラジオも元の1局時代に戻るわけです(笑)そういえば在京中に組み立てたゲルマニウムダイオードを使ったラジオはバンド内のどこもTBSが混信しているというシロモノでした。それをIFT使ってダブルスーパーにするとなぜ選択度が上がるのか、などがそもそものラジオの初歩なのですが、全国的に民放ラジオ局がAMから撤退すると中破の電波伝搬理論などとともに非常にわかりにくいものになってしまいそうな。秋の夜中に入り始める関西系のAMラジオ番組のローカルCMを聴いて「おお、さすがは実利の関西!」なんて体験することも今後は無くなってしまうのも惜しいのですが、それ以上に各ローカル放送局に受信報告入れてベリカード貰うたのしみも過去のものになります。当方QLSカード発行のほうが忙しいので放送局に受信報告書は送ったことないのですが、昔のBCL全盛時代は過去のものになり若者のラジオ離れの現在、ベリカード収集を趣味にしている層というのはどれくらいの人口があるのでしょうか?
 そういえば1エリアから8エリアに引っ込んでしまい、一番残念だったのはFEN(現AFN)がどうやっても聞こえなかったことでした。なにせ一時はFEN流しっぱなしにしていた時期もあり、12時のアメリカ国歌の放送でやっと一日が終わったと実感していた時期があったのです。場所的に三沢の放送が聞こえないかと思ったもののほんの基地周辺エリア向けに小出力で放送しているというので土台無理というもの。それで何年か経ってネットでも聞くことが出来ることを知り、今ではタブレットに専用アプリをダウンロードして聞くことが出来る時代になりました。驚いたのはジャンることに何chもあることと、基地ごとに独自の放送も行っているということ。ただ、810kHzの表示を見ながらラジオで受信するAFNとネットで聴くAFNはなにかやはり別物という感じがして今は頻繁には聴きません。このAFNも今後のAM放送はどうなってしまうのでしょうか?AFNの送信所はしばらく前にアンテナなども更新されたため、地方ローカル民放送信所のようにただちに設備老朽化することはありませんし、そもそも米国の軍事予算で運用されているため、広告収入減少は関係ありません。またAFN Tokyoの和光送信所は横田厚木座間横須賀の南西方向に指向性をもたせた放送を行っているため、千葉県在住中も「こんなに電界強度が低くなった」などと思ったほどで、どうりで北海道では深夜帯であっても810kHzがまったく受信できなかったわけです。

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June 15, 2021

同番異尺のRICOH No.503 5インチ学生用?

 5インチのポケットタイプ計算尺のRICOH No.503ですが、このポケット計算尺は戦前IDEAL RELAY商標の東洋特専興業で製造されて理研光学から発売されていたものに遡ります。表面はA,[B,CI,C,]D,で、裏面はS,L,T,の尺度を持つポリフェーズドマンハイム型。戦前HEMMIのNo.34R相当のポケット尺なのですが、HEMMIあたりでも戦前すでに表面にK尺を追加したNo.34RKが主流となり、Relayブランドでもおそらく戦後にK尺追加のNo.505にモデルチェンジしていつの頃からかNo.503はフェードアウトしてしまったようなのです。そのため、戦後生産もののNo.503はなかなかお目にかからないものなのですが、今回入手したのは紛れもないRICOH時代のNo.503です。ところがこのNo.503は√10切断尺が採用され、さらに5インチのポケット尺の通常の形状とは異なり、No.84などの学生尺と同じくスケールがなくて本体は単なるスクエアの断面を持ち、裏側や側面も8インチ学生尺同様に竹の断面が露出したニス塗りのものです。さらに滑尺裏はセルロイドこそ貼られているものの三角関数尺などを持たない単なるブランク。そのため、尺度が表面のみのDF,[DF,CI,C,]D,A,のたった6尺しかない計算尺です。
 用途としてはやはり学生用なんでしょうね。ただ、5インチの学生用ポケット尺の存在意義があったのかどうかは甚だ疑問で、どうしても√10切断尺の5インチポケット尺が欲しければNo.512を購入すればいいと思うのですが。学生用でありながら8インチではないために500番台の型番を付けなければいけないということはわかるものの、新しい型番を付けずに欠番になった型番を踏襲するという意味もよくわかりませんが、Relay/RICOHの計算尺は往々にして同一品番ながら内容が異なるという計算尺が何種類か存在するので驚くにはあたらないかもしれません。
入手先は熊本の山鹿市鹿本町でしたが、この山鹿市は訪れたことさえないものの、同じ職場で数年間毎日顔を合わせていたデザイナーの二瀬氏の生まれ故郷。彼は父親の介護の都合で若妻とまだ物心つかない息子を連れて横浜から山鹿に引っ込んですでに音信不通30年ですが、そんな山鹿市からやってきた訳わからのNo.503。もしかしたら5インチの学生尺を作ったものの、売れる宛もなくて試作品だけ製造元の佐賀周辺県にばら撒いたなんてこともあったんのでしょうか?どっちにしても珍尺なことは確かです。なお、デートコードは刻印されていませんでした。また、赤いカーソルバーにカーソルの盤面が接着されているというプラカーソルも珍しいと思います。

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June 12, 2021

HEMMI 星座早見盤

Dscf4251  我が家には物心がつく頃から星座早見盤というものがあり、幼稚園に入る以前からおもちゃとしていじくり回していたような気がしますが、その星座早見というのは金属の円盤の上に赤いビニールに透明楕円窓が色抜きされていたものでした。おそらくは三省堂が発売した天文学会編新星座早見という星座早見盤だったと思います。これは後に学研の科学を購読する学年あたりから本来の使い方を覚え、天文少年時代の重要なツールとして円盤が反って透明部分がすだれ状に傷が入るまで酷使されました。街の青少年科学センターで開催される天文クラブの美品はお椀型の星座早見盤だったのですが、その早見盤より大きくて、より暗い(?)恒星まで描かれているというのが使い勝手がよく、全天恒星図を買ってもらうまで、星図代わりにも使っていました。その三省堂の新星座早見がなぜ家にあったかというと、どうやら父親の蔵書の中に野尻抱影氏のものが何冊かあり、その著作を理解するために本屋に並んでいたものを衝動買いしたのではないかと思いますが、真相はわかりません。
 その星座早見盤ですが、一般向けとしては明治末期の1907年に三省堂から発売された日本天文学会編の星座早見が嚆矢らしいのです。それまでは舶来の星座早見があったとしても、その緯度が当該国の標準であるため、北緯35度基準の日本では使いづらく、日本独自の星座早見が必要だったからではないかと思います。しかしその星座早見は長らく天体に興味のある学生や研究者のものであり、一般大衆に普及するものではありませんでした。その星座早見盤があまり天体に縁のない人たちにも爆発的に普及したのは、どうやら昭和30年代になってスプートニク打ち上げ成功をきっかけとした人工衛星や有人宇宙船などがつぎつぎに打ち上げられたことや池谷関彗星などの日本人アマチュア天文家の新天体発見などの活躍により、一種の天文ブームが到来した事ではないかと思います。そのため、昭和35年ころからこの星座早見に参入する業者が増えました。その星座早見盤の代表格が明治末から製造し続ける三省堂と戦後参入組の渡辺教具製作所で、特にお椀型の渡辺教具製作所は地球儀メーカーらしく全天を半球に見立てたお椀型の星座早見盤を製作しはじめたのは昭和30年あたりとのこと。当初渡辺教具は天体望遠鏡メーカーへのOEMも多く、地元の天文クラブで使用していた半球形星座早見盤もエイコーブランドだったような気がします。この半球お椀型星座早見盤は渡辺教具製作所が特許を取得したとのこと。
 その昭和30年代の天文ブーム以前にヘンミ計算尺が星座早見盤を作っていたのはあまり知られていません。というのも天文関係には関わりのないヘンミ計算尺が昭和30年代の天文ブームに乗って新たな製品展開を考えたというのなら話はわかるのですが、どうも昭和23年にはHEMMI星座早見盤が完成していたようで、それを証明するようにヘンミ計算尺株式会社の会の字が「會」になっていたり、本体表記のあちらこちらに旧字体が存在するのです。すでに市場で発売されていた星座早見の本体は紙製であったのに、ヘンミ製星座早見は本体は白色セルロイド盤の印刷で、楕円に透明抜きされた円形セルロイド盤が回転するという現在総ての星座早見が等しく備えている特徴があり、その構造で実用新案を申請したようです。大きさがコンサイス円形計算尺のような直径12cmというポケットサイズですが、もしかして日付の基線長が10インチということにこだわったのか、いかにも小さくて使いづらいもの。当時は一般的な緯度は北緯35度用で、日付の目盛は一月が3等分。時間は一時間が二等分する目盛しか施されていないというもので、昭和30年代の天文ブーム以降に発売されていたものと比べるといかにも簡易的な感が否めません。また昭和30年代の三省堂赤盤新星座早見は緯度の補正のためのサークルが印刷されていて北緯42度のうちの地方では非常に重宝しましたが、そういう配慮もまったく見られないのです。そのため、昭和30年代になったときには他に新しい星座早見が色々出来てきて時代遅れとなり、そのうち本業の計算尺製造販売が最盛期を迎えたため、本業以外のものをあっさりと切り捨てたということでしょうか?まあ考えようによっては戦前すでにこのHEMMI星座早見盤は組み立て前のパーツの状態で出来てはいたものの、戦争で不要不急の商品として発売することが出来ず、戦後の社会がやや落ち着いた頃に戦前すでに完成していた部品を組み立て、換金目的で発売した、というのかもしれません。戦後になって新製品として製造したのなら、もっと数が多く残っていて然るべきですし、改良版も一度くらい出てもいいような気もします。おそらくは昭和30年代に差し掛かり、三省堂から大幅な改訂版の赤版新星座早見や渡辺教具のお椀型が発売に至り、市場での存在価値がないと製造を止めてしまったのでしょうか?
 そういえば、昔の星座で気になっていたことがあったので、検証してみるとその予想は的中しました。このHEMMIの星座早見盤はなんとアルゴ座が分割されずにそのまま印刷されているのです。アルゴ座は領域が広いために国際天文学連合の取り決めで3分割し、それぞれほ座、りゅうこつ座、とも座になったというのは小学生のときにすでに知っていたのですが、このヘンミの星座早見盤はそのままアルゴー座表記になっています。このアルゴ座分割の取り決めは第一次大戦後で世界に落ち着きが戻った1922年にイタリアのローマで開催された第一回国際天文学連合の総会で決議されたことだそうです。このときに星座の境界線などの国際基準も規定されたそうです。日本でいつ頃からアルゴ座が消えてほ座、りゅうこつ座、とも座の表記が一般的にも認知されたのかはわからないのですが、少なくとも昭和30年以降の出版物や星座早見盤などでアルゴ座の表記は見たことがありません。また星座の表記も旧字体の漢字表記が多く現在のインディアン座が印度人表記だったり、そのため、何かコピー元になるような古い星座早見があって、それをそのまま縮小サイズに設計し直したものの、もともと設計者があまり最新の天文情報などに通じてはおらず、アルゴ座が分割されていない表示が古いなどという考えもなかったのかもしれません。それを戦後そのまま売り出したものの、改訂版を作ろうという人材も意欲もなくて、本業に専念するため切り捨てたというのが真相でしょう。
 でも、個人的にはポケットサイズの星座早見盤もありだと思うのですが。ただし、薄いセルロイド製星座早見は学習雑誌の付録なみのクオリティでいただけません。直径12cmの星座早見盤はいかにも小さいような気がしますが、以前新宿のヨドバシカメラで購入したシチズンの2代目コスモサインと比べれば、実用度は上だと思います。ただ、コスモサインは自動的に23時間56分で星座部分が一回転し、常にその日月のその時間の星座を表示してくれるという先進性がありましたが。

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June 05, 2021

HEMMI No.130 10"片面技術用 システムダルムスタット

 システムダルムスタットの片面計算尺であるNo.130は昭和40年代中頃にNo.130Wにモデルチェンジするまで唯一クラシカルな馬の歯型目盛で発売され続けた計算尺です。というのも昭和15年位に一度発売が予告されたものの、日中戦争拡大と太平洋戦争開戦により不要不急の新製品としてお蔵入りしたものを、戦後になってからそのまま発売したため、デザインは昭和15年以前のNo.80やNo.64と同一のドイツ尺を模した馬の歯型目盛であるということらしいのです。これはドイツの代表的なダルムスタット型片面計算尺Nestler No.21そのままです。ただ、軍需産業などで多用されたリッツのNo.64は戦時中すでに目盛の原版が消耗したのか新しい物差し型目盛に改修され、同じく戦時中に多用された電気尺のNo.80も戦後に目盛原版を物差し型目盛に改めたのに、まったく使用されなくて消耗していない目盛原版だったNo.130は戦前のままのデザインで新製品として売り出したということなのでしょう。ただ、このNo.130が爆発的に普及したのであれば早々に消耗した馬の歯型目盛原版を物差し型目盛り原版に差し替えることも出来たのでしょうが、時代はすでに両面のログログ尺も完成しており、片面尺は√10切断尺が主流となって、国内ではNo.130は「あってもなくてもどうでも良い目蒲線」状態になっていたのだと思います。そもそも片面計算尺のリッツやダルムスタットというのはA.Nestlerで発売されたのが最初のようですが、リッツはおおよそ1903年頃に対してダルムスタットは1925年頃ということで20年以上のタイムラグがありました。その新しい方のダルムスタットは宮崎治助氏によると欧州のある地域では教科書で取り扱われるほどの教育用標準計算尺として採用されるところもあったほど戦前の一時期隆盛を極めということです。1925年といえばすでに大正の末期。その一部欧州地域でのダルムスタットを輸出も念頭に15年余りで発売に漕ぎつけたものの、輸出先に見込んだ欧州はすでに戦乱の地となり、そもそもダルムスタットに縁がないアメリカに大量輸出が成り立つわけもなく、結局は太平洋戦争開戦で不要不急の新製品扱いで発売中止。そんな余裕があったら軍需産業や教育現場で定着したNo.64やNo.80、両面尺ではNo.153を増産するということだったのでしょう。
 そんなNo.130は10年のお蔵入り期間を経て昭和26年頃にめでたく再発売されるのですが、すでに流行期の過ぎたダルムスタット片面計算尺に需要がそれほどあるわけでもなく、輸出自体もどれほどの引き合いがあったのかもわかりません。その後も牛の涎のようにずるずると発売が続くのですが、側面三角関数尺があるために専用のカーソルが必要なため、昭和40年代も半ばを過ぎて三角関数尺を表面に持ってきて、物差し型目盛として近代化したNo.130Wにモデルチェンジします。小ロットながらも欧州向けの輸出があったのでしょうか?そのNo.130Wとほとんど同じ尺度のものがRicohによってNo.121というモデルで新たに発売されるのですから驚いてしまいますが。このNo.130WもNo.121も国内では本当に見つかりません。大半が輸出として外国に出回ってしまったのでしょう。16年ぶりくらいに愛知県の知立市から入手したNo.130はケース欠品ながらとてもきれいな個体で、デートコードは「OH」ですから昭和39年8月製で本来ならラージロゴの緑箱入りです。ヘンミ計算尺としては一番油が乗っていた時代の製品だけに工作・仕上げともに非の打ち所がありません。同時代のNo.2664Sと比べると目盛原版が消耗していないためなのか目盛の彫りもすっきりくっきり濃いように感じます。その後、マイナーチェンジで形式名メーカー名とSYSTEM DARMSTADTの文字が表面に移動したものが発売になります。

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June 04, 2021

住友電工イゲタロイ切削速度計算尺

 住友電気工業(現在は分社化した住友ハードメタルの扱い)が戦後70年以上に渡って製造してきた「ダイアモンドの次に硬い合金」とうたわれるイゲタロイを使用した切削用バイトに対する切削速度計算尺です。イゲタロイとはおなじみ住友マークの井桁とアロイとの造語らしいのですが、あの住友マークは北海道人からすると住友の炭鉱ヘルメットマークを連想してしまう世代はもう50代以上?(笑) まあ、住友赤平炭鉱は平成に入ってもまだ稼働していたわけですが。ちなみにこの住友ハードメタルの北海道における営業拠点は唯一うちの街にあるようです。というのもうちの街の周辺部にトヨタ関連の自動車部品メーカーが集中しているためで、これが札幌あたりに営業拠点を構えているといくら高速が繋がっているとはいえ、時間的に細かい対応ができないということなのでしょうね。電話かけて30分以内に納品してくれないと部品製造業は大きな損失になりますので。
 そのイゲタロイ切削速度計算尺ですが、その作りは滑尺が移動するだけのスライドチャート的なもので尺度は[被切材外形(mm)、回転数(r.p.m)、]切削速度(m/min)。一番下は被削材外形を測るための10cmスケールです。裏面は各種被削材に対するバイトの適合表と切削馬力の計算式が印刷されているという状態。この切削速度計算尺はいつ頃に作られたということが判然としないのですが、新しいものではなさそうで、概ね昭和50年代前半くらいのものでしょうか?こういう切削速度計算尺は汎用品を計算尺メーカーが作っても概算値を表すものしか作れないため、切削バイトを製造販売しているメーカーごとに正確な切削時間を計算する専用計算尺を作ったわけです。どのメーカーの切削速度計算尺も計算尺自体の製造メーカーの手がかりがまったくありません。おそらくは工具のオマケ的な扱いで安く大量に必要だったのでしょうからHEMMIのような計算尺専業の会社ではなく、定規あたりを作っているメーカーの手によるものなのでしょう。入手先は神奈川の相模原市南区からでした。

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