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December 31, 2021

NESTLER Nr.11M  5"マンハイム型計算尺

 ドイツのAlbert Nestler社はA.W.Faber社とArist社と並ぶドイツ計算尺3大巨頭の一角を担う歴史のある会社です。第二次大戦前は世界の60カ国に輸出しておりましたが、その輸出先には日本は含まれておらず。というのも大正末期から日本は計算尺を輸入するのではなく輸出する側の国になってしまったため、明治の末期ならともかく日本にドイツ製計算尺が入る余地はありませんでした。そのNestler社はシステムリッツやダルムスタットの計算尺を最初に市販した会社です。第一次大戦前のNestler計算尺はドイツが英国のように植民地からマホガニー材を入手するわけにはいかず、西洋梨という固くて緻密な木材を使用しているため、かえって丈夫で狂いのない計算尺を作ることが出来たようで、大正初めころにシーメンス社が海軍の送信施設の受注を狙って日本支社を設立し、ノベルティーとして関係者に配ったシーメンスシュケルトマーク入りのNestler5インチポケット尺は100年間日本の高温多湿の環境下にさらされてもまったく狂いはありませんでした。
 そのNestler社ですが、ドイツの南西部、ライン川沿いのラールという街に大工場を構えていたものの、連合軍の空襲被害により尽く破壊されてしまったとのこと。戦後、焼け残った建物に移転して生産を再開させたものの、新たな工場の再建は11年後の1956年まで待たなければいけなかったとのこと。そのときにはすでにほぼプラスチック製計算尺製造の方にシフトしていたようです。これは3社共通なのですが、最初にプラ尺に手を付けたのがAristだったそうで、それはすでに第二次大戦中のことだったという話です。
 戦前の西洋梨製のNestler計算尺の良さを知っているだけになんともチープで情けない計算尺ですが、それはそのはずで、これは裏側に宣伝用の社名などを入れるために作ったプラ製計算尺なのです。日本でいうと興洋商事の計算尺のように名入れギフト業者で扱う計算尺なのですが、ケースだけはやたらに立派な革製だということでまだ救われています。尺度も逆尺もないA,B,C,D尺に滑尺裏S,L,Tのみ。この形式番号Nr.11Mというのは末尾の記号で電気やリッツなどの頭文字でバリアントがあるようで、MはおそらくはマンハイムのMでしょう。入手先は愛知県の知多市近辺からでした。このNestlrtは1978年に計算尺の生産を終えましたが、晩年は山梨の富士計算尺か技研のOEMのプラ尺に移行していたようです。この工場は今では一部が記念館になって貴重な資料の展示場になっているそうな。

Nestler11m
Nestler11m2

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December 30, 2021

Keuffel & Esser No.4081-3 LogLog Duplex Decitrig 10"両面技術用

 久々のアメリカはK&Eの両面計算尺No.4081-3 Log Log Duplex Decitrigです。おそらくは戦前に入手したものがずっと日本の家庭のタンスの中に眠っていたようで(と思っていたのですが)、何年かに一度くらいこういう国内の埋蔵輸入計算尺にいきあたります。K&EのNo.4081-3はK&Eとしては初めてのログログデュープレックスで、1937年の発売ですから昭和12年。当時はまだヘンミ計算尺にはまだこういうタイプの両面計算尺がなかったために機械技術者にも電気尺のNo.153などが多用されている時代でしたが、元のオーナーがアメリカ帰りだったのかそれとアメリカ帰りの方からのいただきものだったのかその真相はわかりませんが、当時物のK&Eのケースや本体に日本人名が刻まれたものがまれに発掘されることがあります。このNo.4081-3はバリアントのNo.4080-3とともに戦争を挟んで十数年という決して長くはないモデルイヤーの後、1955年あたりまで続いたのですが、戦争というあらゆる産業が軍需という名のもとに人が駆り出された時代でしたからかなりの数が製造され、アメリカ国内に残っているようです。そのため、些細な違いだけでコレクターに4種類の分類が確定されているようですが、日本ではヘンミ計算尺さえも同一モデルの年代別分類が確定していないところがなんとももどかしいところです。
 このK&E No.4080-3とNo.4081-3のようなπ切断系両面計算尺に関してはかの宮崎治助氏が自著の計算尺発達史の中にも項目を設けてπ切断尺の非合理性に触れられているのですが、氏によるとNo.4080-3は三角関数が60分割の分・秒で刻み、No.4081-3が10分割のデシマルなんだそうで、当初から用途別で2種類用意しているところがさすがはアメリカの国力ということなのですが、誰の話だったか1939年頃からアメリカ本土では計算尺と計算機などが市場から一斉に姿を消したという話があります。ヨーロッパでの戦争と太平洋での戦争によって軍需産業が拡大することをすでに予測して密かに政府が確保に走ったのかも知れません。そのため、戦前のNo.4080-3及びNo.4081-3には兵器や軍需品開発に多用された、なにやら戦争の匂いが染み付いているような気もします。日本でいうと戦時尺のNo.153やNo.64みたいなものでしょうか。 実は相当昔にK&Eの4081-3を入手していたのですが、ケースからしておそらくは戦後のものらしく上質な茶皮のケースが付属していました。ところが例のK&Eカーソルバー腐れ症候群に罹っており、カーソルバーは粘土を固めたもののようにばらばらに砕けてしまい、便宜的にHEMMIのNo.251のカーソルを取り付けた段階でそのままダンボール箱行となってしまったため、その型番すら忘れていていました。
内容的にはHEMMIのNo.251以上No.259未満ですが、このNo.4080-3は基本が同じながら三角関数が分割されて細密計算できるものや、双曲線関数を備えるような型番違いが複数存在し、軍需産業でもジャンル別に対応できるようになっていたのが戦時中不要不急計算尺をどんどん減らしていった日本とは異なりますが、戦後もこの路線の延長で行き、新たな両面計算尺を出さなかったところにPIKETの各種両面計算尺やPOST No.1460 Versalogの市場での台頭を許してしまったのでしょうね。特に技術用として戦後は金属製でさらに多くの尺度を詰め込んだPIKETTに完全に取って変わられたという感があります。もちろんPIKETTはK&Eのシェアを奪うため、K&Eの両面尺をかなり研究して金属製というで多尺度詰め込みという独自の両面尺を作り上げたのでしょう。アポロ計画で月に行ったのも歴史のあるK&Eの計算尺ではなくPIKETTの計算尺でしたし。
 今回入手したK&E No.4081-3は前回のものと異なり皮もどきのケースが付属しており刻印の分類も1939年から1948年までのセカンドモデルです。シリアルナンバーは207162なのでまさに戦時中モデルということになり、そうなると戦前入手というよりも戦後進駐軍の払い下げ物資のなかに混じっていた一種のアメジャンの可能性が高いようですが。というのも入手先が八王子市近辺なので「16号線沿線アメジャン説」が成り立つような(笑)当然のことカーソルバーが腐れ症候群に罹っていてバラバラになりかけているのでネジを外さずそのままにしておきます。また以前入手した国内モノの4088-3もそうでしたが、カーソルバネが抜け落ちて喪失しやすいのかこの4081-3も皮シムが隙間にはめ込まれてバネの代わりにされていました。誰か3DプリンターでK&Eのカーソルバー作った人いませんか?

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December 16, 2021

技研計算尺 No.250S 10インチ片面高級検定用

 計算尺検定試験用に特化して各学校の先生たちの意見を取り入れて「検定用計算尺」を各種取り揃えていた山梨は技研工業の片面高級検定用計算尺の最終進化型、技研No.250Sです。No.250の滑尺上にB尺を追加してA尺B尺相互の計算が可能になっただけで、内容的にはまったくかわらないのですが、個人的にはNo.250は未使用新品で所持しているため、1尺追加の違いだけのNo.250Sに手を出すのは忸怩たるものがありました。それでもNo.250Sにしてもその残存数は非常に少なく、ここ15年ほどでオークションに出てきたものは両手の指の数にも満たないものがあります。ただ、つい最近オークション上に技研計算尺の未開封品デッドストックが次々に出品されていますので、やや有り難みは少なくなりました。そのオークションとはどうやら同じ鉱脈の出らしいのですが別ルートで入手したものです。技研計算尺の考査は以前、No.250のときに書き尽くしましたのでばっさりとカットしますが、昭和38年を境に旧型番と新型番が存在し、同形式番号でも違う計算尺が存在すること。昭和38年版の冊子型説明書に「大正計算尺」の記述の箇所に二重横線をして「技研計算尺」にスタンプを押したものが後に活字を「技研計算尺」に組み替えた改訂版が存在すること。昭和40年頃に一旦会社を清算させ、東京の富士計算尺の販売会社主導で設立された新会社富士計器工業に乗っかって新会社「技研産業」を設立し、以後は独自ブランドの販売をやめてFUJI計算尺やHEMMIの学生尺などのOEM製造専業になったという流れがあるようです。昭和46年にはドラフターなどの製図用品ムトウの傘下に入り、ドラフタースケールなどを製造しながら今に至りますが、20年ほど前まで会社には以前製造したものの納品しそこなったのかFUJIやHEMMIはおろか、技研ブランドの計算尺まで倉庫に転がっていたらしいというmyukiさん情報もあるのですが…。ただ最近、技研産業の情報が流れてこないので、もしかしたらこのコロナ禍もあってプレートなどの精密彫刻の需要も減り、開店休業状態かと心配しているのですが、その際、残留物が換金のため今回市場に流れたものであったら悲しいものがあります。富士計器工業の系統だったフジコロナ精器も中国製環境家電の輸入会社に業態変更したものの10年以上前に廃業に至ったようですし、山梨の計算尺に関わった会社の最後の牙城として存続していてほしいものです。
250s この技研No.250Sは高級検定用計算尺として発売していたNo.250の発展型でSはHEMMIの型番末尾のSを真似して「SPECIAL」のSなのでしょう。別にNo.250の別製で高校からの特注品というわけではなく、単なるNo.250のマイナーチェンジ版だと思うのですが、表面の滑尺上にB尺が加わっただけではなく、滑尺裏の三角関数尺の配置が変わり、さらにC尺が加わったことで滑尺を裏返してD尺DI尺と三角関数絡みの計算の利便性をより高めたということなのでしょう。尺度が表面L,K,A,DF,[CF,CIF,B,CI,C,]D,DI,LL3,LL2,LL1,の14尺。滑尺裏がST,T2,T1,S,C,の5尺で合計19尺に対し、No.250はL,K,A,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,DI,LL3,LL2,LL1,の13尺で滑尺裏がT2,T1,ST,S,の4尺ですからNo.250Sが2尺増えて合計19尺に対してNo.250は合計17尺です。上下の固定尺側の尺度に差はなく、滑尺の表裏だけ新しい目盛金型を起こしただけのことですが、19尺といえばRICOHの高校生用両面計算尺No.1051Sあたりと同じコンテンツなので、ここまで片面計算尺に詰め込む必要があるのかどうかははなはだ疑問です。まあ、追随して同様の計算尺を作ったメーカーもなく、FUJIにしてもNo.2125を高校生用として継承した程度ですから技研に生まれて進化を極め、技研で絶滅した片面計算尺の恐竜のようなものなのかもしれません。幅も5cmと両面計算尺のFUJI No.1280-T並の片面計算尺としては異例の幅広計算尺です。また、No.250は普通の蓋付きの貼り箱に入っていたものの、このNo.250Sだけは昔の筆入れのようなボール紙を芯にしたビニール製ケースに入っています。このケースのデザインは誰が設計したのか計算尺のケースとしては秀逸で、ケースのフラップを開けると上面下面に同じ形の窓が空いていて、この窓で計算尺の本体を親指と人差指でつまんで少し引き出してやれば楽にサックケースから本体を引き抜くことができるのです。逆さにしただけで蓋ごと本体が落下してカーソルを破損させたりしない細かいアイデアがすごいと思うのですが、このケースの形状はどのメーカーも継承しなかったのはなんとも残念なことで。製造年代は昭和39年に入ってからだと思うのですが、取説の巻末価格表は昭和38年1月1日現在のもの。ピンク色っぽい入山形の表紙で大正計算尺表記を技研計算尺表記に活字を組み替えた版のものなのですが、No.250Sの価格は掲載されておらず、マイナーチェンジ前のNo.250が高級検定用計算尺として掲載されていました。入手先は甲州街道沿いの府中市から。以前に技研計算尺が多く発掘されたのが同じく甲州街道沿いの千歳烏山だったので、もしかしたら甲府から東京に至る20号線沿線に技研計算尺のデッドストック鉱脈が未だに存在するかも(笑)

技研工業No.250S高級検定用(昭39年ころ)

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技研工業No.250高級検定用(昭和38年ころ)

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December 13, 2021

呪いのアンテナ再度設置

 こちら8エリアは例年に比べて根雪になるのが遅く、さらに日中も最高気温が10度くらいまで上がる日もあったため、例の呪いのダイポールアンテナを一度降ろしました。そしてローディングコイルの接続部分やバランとエレメントの接触部分などどうせ組み立ててから一度も整備していないだろうことも容易に想像出来たので、接続部分を磨いて表面酸化部分を落とし、ステンレスの5x15mmのボルトやナットはすべて新品にして導電コンパウンドを塗った後に再組み立てし、バランの部分からエレメント末端の導通を確認しました。
 そして、再び屋根に上げて逆Vに張り直したのちにリグに接続し、リグに火を入れ(真空管機なもんで)て、SWRのチェックを始めると、7MHzは見事に落ちましたが3.5MHzが落ちてくれません。ちょっと「がっかりだよ!」なのですが、もはや原因としては接触不良意外に考えられず、ワイヤーエレメントとローディングコイルを接続するための金具は2本のビスで止められているものの、本来はエレメントを抜いて磨き直してしまうところ、たぶん大丈夫だろうとビスの頭に導電コンパウンドを塗っただけですませてしまったところに根本的な問題があるようです。このワイヤーエレメントと金具の接続箇所は左右のエレメントで4箇所。更に寒さをもたらす発達した低気圧もやってきて、もう屋根に上るのも嫌だなあと思っているところに雪まで薄っすらと積もってしまいました。こりゃやはり春までダメそうな。
 それでも7MHzのダイポールアンテナとしては使えますけど、それじゃあ以前の自作7MHzダイポールアンテナを張っていた環境と変わりありません(汗) それでも出力を掛けなければ3.5MHzのワッチ用としては申し分なく、以前のCP-6では地元のOMさんが相手をしている局の信号がノイズに掻き消されてまったくわからなかったものが、今やかなり弱い信号でも聞き取れるようになりました。ただ、受信だけでは何の意味もありませんが、3エリアあたりでじじいの世間話的なローカルラグチュー‎に使われている実態はよくわかりましたぞ(笑)

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December 08, 2021

HEMMI No.257L 10"両面化学工学用

 当方、化学系の専門教育を受けているわけではなく、化学系の資格としてはたぶん一番下位の化学屋資格である一般毒物劇物取扱責任者しか所持していませんが、資格試験の勉強にあたっては改めて有機化学の勉強を1からやり直しました。まずベンゼン環にどういう物質がどう結合したらどうなるのかという分子式の問題や分子量、さらに濃度の問題などはかなり手こずりました。まあなんとか一度の試験で合格出来ましたが、その時の合格率は22%くらいだと思います。受験した当時にしても計算尺も計算機も持ち込みは出来ませんでしたが、確かそのあとでHEMMIの化学用計算尺のNo.257を入手しています。このNo.257は分子量の計算などに便利かというとさほどでもなく、電子用のNo.266よりも実用性は???という感じでした。そういえば高校時代2年間化学を担当していた先生が教頭先生で、さらに東大出身であり化学の分子量やモル濃度の計算などは生徒にやらせる時間を惜しんでHEMMIの片面計算尺を使って自分で計算してしまう先生で、よくその口癖の「計算はまかせといてちょうだい」や、計算尺を使って答えを導き出したときの「こんなもんだね」が生徒に真似されてました。「答え一発カシオミニ」ではありませんが、計算尺で導き出す数値が「こんなもんだね」というアナログ感は今の子はわからないでしょう(笑)その最初に入手したNo.257は「GD」刻印ですから昭和31年4月製という大変に古いもので、スモールロゴ時代の緑箱に入っていました。そんなNo.257は日本では唯一の化学用計算尺としてそこそこの数が出回っていましたが、なぜか計算尺末期の昭和40年代半ば頃になってNo.257Lにモデルチェンジしています。 このNo.257Lは計算尺衰退期に差し掛かった時期の新製品でもあり、No.257に比較するとかなり数も少なく、中古品よりも文房具店で売れ残った未開封新品のほうが出回ることが多い印象があるものの、かなり高額で取引される計算尺です。そのため、No.257を入手してから16年も経過して入手したのがこのNo.257Lです。しかし、K尺が加わったのになぜ末尾にLが付いたのかを今までずっと理解していなかったのです(笑)No.257とNo.257Lの何が違うのかというと、表面に2乗尺のK尺が加わり、裏面の尺度の配置が僅かに変わった意外には差がないものの、新たに加熱体と受熱体の対数平均温度差を求める対数平均(logarithmic mean)の尺度が加わり、その頭文字のLが元からの形式名No.257の末尾に付いてNo.257Lになったというのが今回始めて理解しました。ただ、初級ボイラー資格持ちでしかない当方は、いまだかつて対数平均温度差なる言葉にも行き当たった経験はありませんが(笑) 
 しかし、もう計算尺も400本近いはずですが、よくもまあ今までコレクションに入らなかったというのはNo.257と比べて高額落札になるのに比べて魅力に乏しいの一言に尽きます。それほど熱心なコレクターではないので、どうしても入手しなければならないという気もなく、16年の歳月が経過してしまいました。ところで、いったいいつぐらいにNo.257からNo.257Lにモデルチェンジが行われたかという問題ですが、一応紺帯箱と青蓋のポリエチレンケースが存在することから、おそらくは昭和45年あたりと考えています。ただ、今回入手したものが初物ですから比較検討も出来ず、証明することが出来ませんが、今回のものは紺帯の紙貼り箱でした。また、長らくアメリカで代理店をしていたFREDERIC POSTが昭和42年末に当時マイクロエレクトロニクスと制御システムの優秀な会社を次々に買収して巨大なコングロマリットを形成しつつあったTELEDYNE社に買収されてTELEDYNE POSTブランドに変わるまではHEMMIのNo.257はPOST No.1491としての扱いはあったものの、TELEDYNE POST時代には計算尺の種類も大幅に整理され、No.1460 Varsalog II 以外はほぼ安物のプラ尺ばかりになっていたようで、モデルチェンジしたNo.257Lは見当たりません。海外OEMブランドとしてはフィリピンのODELCO No.257Lがおそらくは唯一の存在のようです。ちなみにこのODELCOというのはフィリピンのDE LEON IMPORT & EXPORT Co.という貿易商社のトレードマークで、1952年以来フィリピン国内の教育機関等に欧米から優秀な文具や教育機器などを輸入して供給した日本で言えば戦前の内田洋行的な(規模はまったく異なりますが)会社らしく、会社の沿革には特に日本のHEMMIから計算尺の供給を受けてフィリピン国内に供給したことがはっきり記載されています。それだけHEMMIとの独占代理店契約はこの会社にとっては重要な意味合いを持つ事柄だったのでしょう。No.257の尺度は表面L,K,A,DF,[CF,CIF,CI,C,]D,LL3,LL2,LL1で、裏面が二分割のCh(アルファベット順列)M1,[M2,華氏F度,摂氏C度,絶対温度K度,LM,]mmHg,Kg/cm2,in.Hg Vac,tω、が刻まれます。このNo257Lの入手先は兵庫の西宮市でデートコードは「VC」ですから昭和46年3月の製造。取説は「7109Y」で、これも昭和46年9月の印刷のようです。

HEMMI No.257L(VC)

Hemmi257l

Hemmi257l_20211208141501


HEMMI No.257(GD)

Hemmi257
Hemmi257_20211208141601
 画像でもわかりますが、No.257Lは表面にK尺が加わった関係でスペースが無くなり、形式名が裏面に移動しました。そのため、表面に形式名があるのがNo.257。裏面に形式名があるのがNo.257Lという判別がつけられると思います。

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