WORLD No.58 10インチ片面技術用(日本文具製造?)
リコー創業者の市村清が理化学研究所の大河原理事長に請われて理研感光紙の一代理店経営者から理研グループ入りしたわけですが、学閥主義的な空気が支配する理研グループでは単なる商売人で大した学歴もない市村は社内では浮いた存在で、徹底的に無視をされ、そのため会社でもう何もしないことを決め込み、次の商売を模索していたようです。その段階で東京の河井精造の計算尺工作所を買い取り、日本文具製造という会社を設立しています。理研から給料を貰いながら堂々と副業を始めてしまったわけですがこの大日本文具はリコー三愛グループの歴史には一切触れられておらず、理研光学の社長に市村が就任した日がリコー三愛グループの創業記念日となっているようです。逆に考えるとさすがに市村が理研から給料を貰いながら別会社の社長に就任するのを憚ったのか、日本文具製造のオーナーとなったものの社長は別人を立てていたのかもしれません。また、河井精造が理研の関係者だったため、誰かが市村清と河井精造を結びつけたフィクサーがいたはずですが、今となってはそれを示すような記述も資料も今のところ見つかっていません。
その日本文具製造時代の計算尺は河井精造のKAWAI計算尺と全く変わらない特徴のあるカーソルがつけられ固定尺滑尺に剥がれ止めのスタッドがある計算尺をSTRONG印計算尺と改名して売り出したラインナップが昭和12年版の玉屋の目録に載っているのですが、そのストロング印計算尺は未だかつて遭遇したこともなく、どうしたものかと思いきや、どうやら輸出を意識してか、すぐにWORLD計算尺に改名され、あまつさえアメリカに輸出までされたようで、某日本製計算尺をまとめたサイトに2種類のWORLD計算尺が掲載されています。それを見ると初期のワールド計算尺は河井式計算尺の「裏板の切り欠きに目安線を意味する山形突起がある」構造で、さらに上下固定尺及び滑尺に剥がれ止めのスタッドがあるWORLD計算尺と後のIdeal Relay計算尺同様に片側のみ副カーソル線が刻まれた透明セルロイド窓が開いているものの2種類があります。おそらくは当初は河井式の構造を引きずっていたものの、輸出を意識したコストダウンでHEMMIの模倣に落ち着いたということなのでしょう。又、サイトに掲載されていた5インチのポケット尺は尺度や数字の特徴も後のIdeal Relay計算尺とほぼ同じものです。昭和16年の前半くらいまでアメリカに輸出が成り立っていたもののその後アメリカとの関係が険悪になり輸出が中断。国内向けにIdeal Relayというブランドを創設して国内専用に計算尺を供給したのでしょうが、WORLD計算尺にあってIdeal Relay計算尺にないもの。それは本体の「Japan」表記の有無です。またRelayの商標は当時の東洋特専興業が航空機用の継電器、すなわちリレーが営業収益の大半だったからということらしいです。
入手先は兵庫県内からです。以前にも一度オク上に出品がありましたが、カーソルが後のHEMMI 45Kの樹脂一体型に付け替えられていたため、スルーしてしまった人が多かったのではないでしょうか。特徴的なのは後のIdeal Relay時代にはなかった馬の歯型目盛が刻まれているポリフェーズドマンハイム型で、HEMMIでいうと大正15年型計算尺の仕様です。この10インチのポリフェーズドマンハイム尺の目盛が馬の歯型なのは河井式計算尺を踏襲しており(但し、河井式でも5インチ尺は当初からものさし型目盛)後のIdeal Relay計算尺は当初から10インチ尺も5インチ尺もものさし型目盛という違いがあります。おそらくは少々異形の河井式計算尺から目盛も仕様も標準的な、HEMMIでいうとNo.50/1に進化する過程を示している計算尺ということが出来ると思います。さらに河井式計算尺は終始一貫して戦前のHEMMI片面計算尺に存在した左右の位取り記号がありません。それがIdeal Relay計算尺になると新たに刻まれることになるのですから進化なのか退化なのか(笑) ケースは戦前のHEMMI片面尺同様に皮シボ模様の貼箱ですがメーカー名などのエンボスはありません。奇跡的に形式名を表すシールが残っていました。そこには「No.58」とありますので、おそらくWORLD No.58というのが正式名で間違いないようです。どういうわけかIdeal Relay時代の計算尺は別な形式名付与ルールに変わるのですが、本家のHEMMIは50番代はポリフェーズドマンハイム計算尺のカテゴリーながら同じNo.58というのは存在しません。
まあ、違和感バリバリのプラスチック一体型カーソルは戦前のHEMMI No.40からでもトレードしておきましょう。たぶん、この計算尺が生産されていた頃には特許の河井式カーソルはすでにつけられておらず、HEMMIの改良A型カーソル相当の金属枠カーソルがつけられていたようです。また、本体は竹製で反りは見られないものの目盛の起点と終点が上下の固定尺のセルがやや縮んだために一致しません。ダブルスターRelay時代の計算尺にもよくあることですからそれをもって批判するわけにもいきませんが、さすがにHEMMIの計算尺は当時物でもあまりお目に掛からない現象です。まだまだ技術的にはHEMMIには及ばなかったことの証明でしょうね。
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