February 12, 2019

ワイズ複素数計算尺 Whythe Comlex Slide Rule

Dvc00503  Whythe Complex SlideRuleという複素数に特化した計算尺です。イギリス表記なのでおそらく日本語読みではワイズ複素数計算尺でしょうか。
複素数というと交流や高周波の電力などのべクトル計算のために必須で、iではなくjという虚数記号を使用しますが、当方も1級アマチュア無線技師や通信士試験受験のために改めて勉強し始めたものの、結局は試験問題に複素数が絡む問題に遭遇しないうちにすっかり電気工学系計算にも疎くなってしまいました。
 そんな電気工学系必至な複素数計算ですが、それを計算尺にしようという試みはいろいろあるものの、このWhythe Complex SlideRuleは商品化された数少ない複素数専用計算尺の一つです。
 見かけはフラー円筒計算尺そのものですが、構造的には円筒状のチャートがこの範囲内で上下するだけという構造。製造はフラー円筒計算尺と同じW.F.スタンレー社です。
Dvc00502 この複素数計算尺はD.J.WhytheがイギリスBBCのために設計し、W.F.スタンレー社が商品化したもので、1961年の発売ですから日本で言うと昭和36年ということになります。そして1969年まで作られていたというか商品として残っていたようですが、果たしてどれくらいの数が製造されたのかはわかりませんでした。
フラー円筒計算尺が80年で14,000本しか作らなかったのを考えると、この特殊な計算尺は歴史も新しいということもあり、極めて少数しか作られなかったのでしょう。
 マホガニーのケースに入れられているというスタイルはフラー円筒計算尺とまったく変わりませんが、驚いたことにこの複素数計算尺は構造は木製ではなくベークライトのような樹脂製に変わっています。おそらくは生産性を上げるための工夫だったのでしょうか?
発売当時の価格は210ポンドだそうですが、現在の貨幣価値にするとおおよそ500ドル相当だそうです。さすがに竹製計算尺の比ではありません。
 日本では個人的にパソコンでチャートを印刷し、それを使用して複素数計算尺を作るという試みはされていますが、さすがにこのワイズ複素数計算尺のように商品化されたという話は聞いておらず、またワイズ複素数計算尺自体発売が新しいためか、その存在も日本では知られておらず、大学の研究室にフラー円筒計算尺はあってもワイズ複素数計算尺の姿は見たことがありません。
Dvc00501 シリアルナンバーは6289で昭和37年製の89番、実はKT-3326という備品番号がエングレーブしてあり、ここでピンと来たのが相当以前に厚木在住の無線の大OMさんから譲っていただいた米軍落ちのHEMMI No.266電子用計算尺。このブリッジには備品番号KTA-12939がエングレーブしてありました。その番号の類似性からするとおそらくは米軍の同じ部署(通信隊?)あたりで使われた備品が民間に流れたものだったのでしょう。出た場所も相模原との境界線に近い町田市の北部ですし、前出のNo.266と同じく座間か厚木もしくは立川基地あたりとの関連が疑われます。
 さすがは米軍で日本の貧乏な研究機関にもないようなものが備品がごろごろ転がっていたのでしょう。昔、今から40年前というとベトナム戦争で多用された払い下げの電子パーツや計測器がまだまだアメジャンとして大量に出回っていて、16号線沿線には専門の店もあったものですが、今やそれも昔話になりました。16号線沿線にアメジャンが多かったのは横浜線矢部駅近くに米軍のデポがあって、大抵のサープラスはここで扱われていたのに理由があります。
 米軍落ちということもあるのでしょうがマホガニー製のケースに斜め45°に立てるための真鍮の棒と取り説が欠品でした。それでもこの時代に製造されたフラー円筒計算尺同様に金属のスタンドは鏝状ではなく単なる曲がった棒なので、自作は出来そうです。

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January 31, 2019

星円盤計算器(STAR SLIDING DISK)No.120

Dvc00466 星円盤計算器(STAR SLIDING DISK)というのは昭和30年代に発売された円形計算尺らしく、数は少ないのにオークション上にとんでもない値段で出品されているものがいつもあるためか、あまり有り難みが感じられない計算尺です。とはいえ、ここ15年程でおそらく15点未満しか出品されていないため、レアな円形計算尺であることは確かです。 今回外箱、サックケース、説明書まですべて揃ったものを500円で入手。これが初めてのSTAR円盤計算器の入手になりました。 前々から感じていた事なのですが、このSTAR円盤計算器というのはオークションで出てくる地域がかなり偏っていて、北陸の石川、富山、新潟と長野あたりの出品が多いようで、九州や北海道などの末端からの出品がないことを不思議に思っていました。今回入手した商品が完全品で説明書も揃っていたためにその理由がわかりましたが、その製造元は富山県の富山市だったのです。製造元はスター円盤計算器製作所となっていますが、その説明書に稲垣測量器械店稲垣長太郎というスタンプが押されており、住所が同一なことからおそらくは両社は同一の会社でしょう。業態が個人商店であり、製造数もさほど多くはなく、その販売エリアが北陸周辺に限られたというのもわかるような気がします。富山は昔から製薬業が盛んな地域だということは知られていますが、その傍ら機械工業というのも中央から離れている地方にも関わらず盛んだったということは意外に知られていません。本江機械、後の立山重工業は産業用蒸気機関車を製造していましたし、不二越などは富山から発祥した世界的に有名な会社で、独自に考案した油圧計算尺がHEMMIからリリースされていたのはよく知られています。
Dvc00465 このSTAR円盤計算器の特徴としては製造側の能書きによると、(1) 中心軸と内輪の回転は金属と金属の回転であるから容易に摩耗しないこと (2) 使用材料はジュラルミン板及びビニール板であるから構造堅固であり永年の使用に耐える (3) 小型に製作出来るため携帯に便利である (4) 円形であるため計算能率を向上出来ること (5) 2乗、3乗、1/2乗、1/3乗、の精度が良いこと (6) 目盛が正確明瞭にして容易に摩耗しないこと (7) カーソルはアクリライト(風防ガラス)を使用しているから透明度よく破損のおそれがないこと となっていますが、「円形のため目はずれがない」が最大の特徴なのに「計算能率を向上出来る」とするのはいかがなものかと(笑)
 まあ能書きに述べられているようにこのSTAR円盤計算器だけが持ち、他のコンサイスなどの円形計算尺と最も異なる構造は真ん中に金属の円盤が入っていて裏面はこの円盤に接着されたピニールの三角関数尺、表面は金属の円盤をサンドイッチした形で外側の円盤は金属板に接着、内側の円盤が自由に回転するという構造になっています。そのため、コンサイスのビニール製円形計算尺と比べると金属板の部分だけ分厚く丈夫で、内側円盤の回転もスムースでした。
Dvc00464 このSTAR円盤計算器の型番はNo.120で主尺の基線長は10インチ。尺種は内側からカウントするようで、内側からL,CI,C,D,A,K,で裏面がtanとsinの3分割尺ならびにラジアンの尺が加わります。この時点では他に主尺の基線長が7.5インチのやや小振りなNo.250の2種類が用意されていたようですが、後に裏面がブランクで主にノベルティー用として広告スペースとしたNo.25と裏面にLL尺が加わってLog-Log 両面化したNo.1660が加わったようです。一連のSTAR円盤計算器はその構造が実用新案440028と意匠登録130076を取得したようで、昭和32年度の文部省教育用品審査合格品にもなっていたようです。
 しかし、学校現場では売価150円から200円の8インチ生徒用計算尺が普及しつつある時代に売価750円の円形計算尺が入り込む余地はなく、また製造元が学校等のまとまった数量の受注に対応できるほどの規模でもなく、さらに内田洋行などの有力教材商社と太いパイプを築き上げるには富山は地の利もなかったということもあり、北陸周辺でわずかに使用されただけで消滅してしまったということなのでしょう。入手したNo.120も金沢市内から出たものです。また、以前見かけたNo.25は裏面に富山市内の測量会社の広告になっていましたので、ノベルティー商品としても完全に身内の需要しかなかったということなのでしょう。
 でもまあこの構造の円形計算尺を大手の製造に任せず、個人商店レベルで作り上げたのは見事な事だと思います。

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December 14, 2018

HEMMI 海軍兵学校計算尺(戦時No.2664簡易型)

 通称海軍兵学校計算尺と呼ばれる戦時中のNo.2664の簡易型です。別に材料が枯渇してNo.2664からスケール部分が省略されたのではなく必要最小限の仕様として公用に注文されたアメリカでいうところのGovernment Propertyとしての計算尺ではないかと想像しており、海軍兵学校が発注した特別仕様の計算尺という証拠はありません。ただし、海軍兵学校ではちゃんとこの新しいずらし尺の計算尺を使用するための教本を用意しており、新しいずらし尺用準拠の教本をわざわざ作成したのが海軍兵学校以外に見あたらないため、主に海軍兵学校で使われたというのは間違いないところです。
 その兵学校計算尺ですが、戦時中から他の官公庁にも出回ったらしく、こちらは旧電電公社、今のNTT関係の方から入手した計算尺です。その入手経緯というのは出品者のお父上が工業高校を卒業した昭和29年に北海道で電電公社に就職した際、個人の計算道具をまったく所持していなかったため、10歳程年上だった先輩がこれを使えと言ってくれた計算尺がこの兵学校計算尺だったそうです。その先輩とは2年程で転勤のため別れ別れになり、その後一度も一緒にならなかったため、どういう経緯でこの計算尺を所持していたのかはわからないそうですが、戦時中の海軍兵学校で使用された計算尺と同形のものと出品者からお父上に伝えていただくと驚かれていたそうです。計算機が出回りだす迄の十数年間、非常によく使いこなされた計算尺で、黒のサックケースがぼろぼろになり、それを中子に布の巾着ケースをかぶせたものの中に入っていました。
 その通称兵学校計算尺ですが、製造開始時はまだ材料にも余裕があったようで、裏側はちゃんとアルミの総裏でオーバル窓が開いていますが、その後にはさすがに材料にも余裕が無くなったと見えて裏側金属はオーバル窓の空いたアルミを両端だけに使い、中程は裏抜きされて樹脂のままというモデルも見つかっています。それからすると総裏金属兵学校計算尺は昭和18年頃、中抜きモデルは昭和19年あたりの製造でしょうか?本当にアルミ等の材料が枯渇した戦争末期の計算尺のようにカミソリの刃のような金属で上下の固定尺を繋いだモデルももしかしたら存在するのかもしれません。
 まだ総裏アルミ継ぎのモデルが存在する事から本当に材料が無くなってしまってこういう簡易型のNo.2664が出来たわけではないことがわかると思います。
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Jpg


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December 08, 2018

RICOH No.121 10"機械技術用計算尺

 RICOHの片面計算尺の中では比較的に新しい計算尺なのにも関わらず今迄オークションで見かけた数は十数年間で片手にも満たないというNo.121です。一応は機械技術用とのことですがその内容はHEMMIのNo.130同様にダルムスタット式の片面計算尺になります。
 ダルムスタットの計算尺はドイツのA.W.Faberなどではおなじみでリッツ式同様に戦前には世界に蔓延った時代がありましたが、両面計算尺の普及に従い、戦後はFaberでも両面計算尺を作るようになって急速にその存在感を失ったような気がします。片面計算尺でべき乗計算が出来るように特化したものですが、HEMMIではリッツの片面計算尺の60番台シリーズは昭和一桁の登場と早かった物のダルムスタットのNo.130は昭和15年頃に一度発売が発表されたものの日中戦争激化と太平洋戦争の開戦でお蔵入りし、戦後の昭和20年代中頃になって初めて商品化されたものです。
 そのため、戦時中も使用され、目盛が馬の歯形から物差し型に進化していったNo.64に比べ昭和20年代の発売にも関わらず目盛が馬の歯形という旧態依然さが疑問でしたが、これは戦前に完成していたダルムスタットの目盛の型をそのまま使用したためと理解しています。
 そんな少々時代のニーズから外れたダルムスタットの片面計算尺をなぜRICOHで新しくつくらなければいけなかったというのがわかりません。しかも品番も110番台から飛んで120番台というのも驚きですが、この120番台の計算尺は当方このNo.121の存在しか知りません。
 このNo.121は今迄見た数本はすべて透明塩ビケース入りの昭和40年代前半の製造らしきもので、それもすべてデッドストックの新品でした。今回初めて青蓋のポリエチレン製ケースの物が出て来たわけなので、昭和45年以降も継続してリリースされ続けたことになります。
 この個体の記号はUS-5ですので昭和47年5月の佐賀製、RICOHの計算尺としてもかなり末期に製造になりますが、それにしてもこの時期にダルムスタットの計算尺なんか需要があったのかはなはだ疑問ですし、一般的にもある種の業務用途を除いてはほとんどが高校生用の用途で種類を絞りつつあた時代の生産です。おそらくはHEMMIでもNo.130はその時点で製造はされていなかったでしょう。
 内容的にはHEMMI No.130の側面に刻まれたS,T尺を上固定尺に移動させ、L尺を滑尺裏に移したもので、尺のレイアウトは異なる物の尺種類と数はまったく同じです。尺レイアウトは表面がS,T,A,[B,K,CI,C,]D,Pの9尺、滑尺裏がL,LL1,LL2,LL3,の4尺です。カーソルはC,D尺側に副カーソル線を有するプラスチックの一体型で、このNo.121の専用品になります。
 計算尺末期の製品でもあり、その特殊性もあって開封品で外箱などもありませんでしたが表面のざらつきも残るほぼ未使用品でした。最近匿名配送が多くなり、詳しい発送場所はわかりませんが大阪方面から出た計算尺のようです。
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October 29, 2018

エアコンスターダクトメジャー(コンサイス製)

 横浜の現在旭区にある空調部品製造業者のエアコンスターという会社が発売したダクトメジャーという流量計算尺です。なんと現在でもこの会社に注文すると入手出来る現行商品らしいです。さらに直径11センチの小型と直径15センチの大型の二種類があり、小型は7500円、大型は12000円なんだとか。そして裏側にはコンサイス謹製と書かれてある通り、企業の特注によりコンサイスで作られた製品であることがわかります。
 こちらは15センチの大型ダクトメジャーで、表面は冷暖房のための空気配管用、裏面は温水冷水配管用の計算を行うものです。目盛は配管の太さ、温度、圧力、流量などを相互に計算直読するもので、ある条件を変化させることによりすぐに相互の変化の値が読めるため、いまだにこういうアナログな計算尺が重宝される数少ない業界が空調関係かもしれません。
 まあ流量計算というのは当方の専門外なので、それを知りたい方はこちらを参照下さい。
 このダクトメジャーの特許はこのエアコンスター社が所有している特許で計算尺に書かれている所在地も旭区に移転する以前の横浜市港北区の住所が記載されているため、一度ミニマムの数量でコンサイスに発注した物がいまだにほぼ不良在庫として残っているみたいな感じです。
こういうものは古くなっても使えなくなるわけでもなく、今後も在庫が尽きる迄売り続けられるのでしょうが、はたして直近では年間何件くらいの問い合わせがあるのでしょうか?何か人ごとながら気になってしまいます。
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October 26, 2018

教育計算尺研究所電気用No.100(コンサイス)

 たしか蔵前工業高校を最後に定年退職され、計算尺の解説などの書籍を多数執筆し、昭和30年代はHEMMI計算尺の出張講師などもされていた杉浦次郎氏が晩年自身が主催されていた教育計算尺研究所名義でリリースしていた円形計算尺の一つNo.100電気用計算尺です。他にNo.120一般型、電子用のNo.380などがありました。
 またこの一連の計算尺はすべて杉浦次郎氏が考案・設計したものなのでしょうが、なぜかコンサイス刻印が入っているものと入っていない物があり、さらにNo.380のように説明書は教育計算尺研究所なのに計算尺自体にはコンサイスのメーカー名以外ないというものなど、いろいろなパターンが存在するようです。
 このNo.100はC,D尺の直径が約6.5cmと小型の一般用計算尺No.27の精度に等しく、直径はNo.27の8cmに対して9cmと一回り大きな計算尺です。それでもコンサイス製の円形計算尺としてはやや小さめの計算尺です。
 表面はいきなり交流の力率やベクトルなどに絡む計算に使用する尺がメインで外周部分がP2,R2の二分割、2乗どうしを計算するP1,内周部分にQとラジアン、度の換算目盛を備えます。裏側は外周部分にCos.Sin尺、A尺、内周部分にB尺、Tan尺、C尺が並びます。
 まあ言うなれば目はずれのないHEMMI No.153のポケットタイプみたいな感じでしょうか。
 表面にいきなり交流系の電力などのベクトル計算などの尺を持って来たのはちょっとやり過ぎで、表面と裏面のレイアウトが逆だったらまだ使い勝手が良かったような気がするのですが。
 その教育計算尺研究所リリースのNo.100,No.120,No.380のうち、No.380の電子用は説明書もコンサイスのものに改められて再リリースされていますが、他は代替するものが多いので、あえてコンサイスブランドにすることなくディスコンになってしまったのでしょうか?
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October 25, 2018

技研 No.206 8" 検定試験初級用計算尺

 山梨の甲府に存在したプラスチック製計算尺を主にOEM生産していた技研工業のNo.206 検定試験初級用計算尺です。多くの技研計算尺同様にこちらも未使用のデッドストックで出て来たものです。
 8インチサイズの√10切断の計算尺で2乗尺3乗尺を備える取立てて特徴に無い学生用計算尺ですが、何をして検定試験初級用としたのか、その意図がよくわかりません。内容的にはNo.45にK尺が加わったHEMMIのNo.45Kに変わりません。
 構造的にはバックプレートにアルミの板を芯にしたプラスチックの3層構造を持つプラスチック製計算尺で、いまだに狂いも無く滑尺もスムースに動きます。このアルミのバックプレートが加わり、滑尺さばきを自由に調製出来るのでスピード勝負の計算尺検定に向いているということなのでしょうか。
 説明書の商品リストの価格は昭和38年1月現在とありましたので、その前後の製造ということになります。というよりも技研が自社の名前で計算尺を販売したのは昭和37年から昭和40年頃迄に限られるので当然ですが。
 面白いのはC尺とCF尺の1と10を表す目盛の1に逆ベース型の囲みが付いていることで、これはほかに見た事がないような。位取りを間違えないようにしろというコーションの意味合いなのでしょうか?ケースは黒の擬革紙の貼り箱です。
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October 24, 2018

NIKKO No.5 8"学習用計算尺

 NIKKO No.5という8インチの学習用計算尺です。
 おそらくは戦後の混乱期を経た昭和20年代中頃くらいの製品ではないかと思いますが、粗製濫造期の計算尺にふさわしく固定尺が木材、滑尺が竹でそこにビニールでラミネートさせた目盛を印刷した紙を貼付けるという計算尺で、カーソルもセルロイドを曲げただけの簡単なものが付属しています。木製の固定尺は何となくワンピースのような感じで、そこに滑尺のはまり込む溝を加工してあるのですが、おそらくはこういう構造の方が固定尺を別に作って接着するよりもコストが安いのでしょう。たぶん売価150円というのが決まっていて、各社それに見合った計算尺を作り合ったということなのでしょうが、HEMMIは150円でNo.22を作り、ニッコーは木と竹を使って印刷した紙を貼ったNo.5を作ったということになります。滑尺はセルロイドを使っていないためセルロイドが縮んで激しく反るということはないものの張り合わせ構造ではないため、やや緩く反ってはいます。また、固定尺と滑尺のギャップ調製が出来ないため、素材の収縮で隙間が広がってしまったのは致し方が無いことでしょう。
 滑尺が上下固定尺よりも長いというのは固定尺と同長に削り込む際に滑尺の目盛と固定尺の目盛をピタリと合わせる手間を省いたためで、このような粗製濫造計算尺にはありがちな形体です。
Nikko
Nikko_2


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October 23, 2018

AKEBONO No.820 学習用計算尺

 AKEBONOブランドのNo.820というオールプラスチックの学習用計算尺です。
素材はベースプレートを含めてすべてプラスチック製という計算尺で下固定尺と上部分の滑尺の2ピースしかありません。いわゆるHEMMIのNo.22と同構造の計算尺なのです。だだHEMMIのNo.22と異なるのはK尺が追加されて合計5尺に増えていることと、滑尺と固定尺が同長になっていること。さらにカーソルがNo.22よりもややまともなバネ入りのカーソルになっていることでしょうか。 それでもカーソルのバネはHEMMIの戦時尺のようにカーソル半分の長さしかありません。また、8インチサイズのHEMMI No.22より基線長が短く、7と3/4インチという妙なサイズの計算尺です。
ただ、驚いた事にKIMさんコレクションのAKEBONO No.820はHEMMIのNo.22と同じ4尺なのです。いつのまにかK尺が増えてしまったのに型番が同じNo.820とはこれ如何に?K尺が増えたことによってもともと刻まれていたメーカー名や型番が横のスペースに移動しています。
 また、裏側には副カーソル線窓が開いているのですが滑尺が反らないように真ん中に樋が通っているため滑尺裏には目盛を刻むことが出来ず、実質的に無意味な細工です。
 このAKEBONOというブランドですが他に8インチの学生用計算尺や10インチの計算尺などもリリースしており、その薄い構造や目盛の刻み方からして個人的にはどうもその供給先を山梨の技研系に求めていたのではないかと推測しています。ただ、リアルな技研の計算尺と比べるとプラスチック計算尺としてその構造がまだプリミーティブな点があるので、その製造年代は昭和30年代初期から中頃まで遡るかもしれません。まあ、それ以上は解明することが困難な計算尺メーカーです。
Akebono820_2
Akebono820


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October 22, 2018

HEMMI No.P35 新幹線開業記念見本品

 新幹線開業記念品として現場の国鉄職員や建設などに関わった建設会社の職員などの関係者に対して配られたのが開業日やJNRマークが入ったNo.2634の5"ポケット計算尺ですが、出て来る数からしてもおそらく相当な数が配られたのではないかと思われます。たぶん数百という単位ではなく2-3000本くらいは作られないとオークション上に何本も出てこないと思われます。
 そして今回出て来ましたのが何と新幹線開業記念品としてヘンミ計算尺が国鉄本社に提案したのにも関わらず、見事に不採用になったP35です。まあこんな物が出てこなければP35も開業記念品としてヘンミから提案されていたなどということも知りませんでしたし、おそらくは見本品として数本もしくは多くても1ダースくらいしか作らなかったのではないでしょうか。もちろん物品税の課税対象外とするためかSAMPLEの赤文字がしっかり刻まれています。
 P35というとそのほとんどは企業のノベルティーとして裏側に社名やマークなどをスタンプするのに適しているためか、昭和40年代前半から半ばくらいにかけて企業向けの物がオークションでも結構な種類、出回っています。コレクション対象にはその種類を集めるのはいいのですが、使うほうにしてみれば三角関数がばっさりと省略されているため、技術計算用としてポケットに忍ばせるというわけにもいかず、それが新幹線開業記念品として不採用になった理由だとも考えています。No.2634のほうがP35なんかよりもけっこう割高だったはずですが、そこは当時新幹線計画をリーダーシップで推し進め、新幹線や国鉄の質の改善の最大の功労者だったのにも係らず、三河島事故で引責して辞任し、新幹線開業式に招待もされなかった十河信二国鉄総裁の職員に対する親心だったかもしれません。三井物産出身の新総裁石田礼助は当時新幹線に関しては懐疑的だったと言われていますが、彼なら紅白饅頭でも配ればそれで良いなどと言い出したかもしれません。
 そして開業記念品として配られたNo.2634は赤いJNRマークに東海道新幹線開業記念1964.10.1の文字が入り、皮ケースにもJNRマークが打たれた品物です。
Hemmip35
Hemmip35_2


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