HEMMI 星座早見盤
我が家には物心がつく頃から星座早見盤というものがあり、幼稚園に入る以前からおもちゃとしていじくり回していたような気がしますが、その星座早見というのは金属の円盤の上に赤いビニールに透明楕円窓が色抜きされていたものでした。おそらくは三省堂が発売した天文学会編新星座早見という星座早見盤だったと思います。これは後に学研の科学を購読する学年あたりから本来の使い方を覚え、天文少年時代の重要なツールとして円盤が反って透明部分がすだれ状に傷が入るまで酷使されました。街の青少年科学センターで開催される天文クラブの美品はお椀型の星座早見盤だったのですが、その早見盤より大きくて、より暗い(?)恒星まで描かれているというのが使い勝手がよく、全天恒星図を買ってもらうまで、星図代わりにも使っていました。その三省堂の新星座早見がなぜ家にあったかというと、どうやら父親の蔵書の中に野尻抱影氏のものが何冊かあり、その著作を理解するために本屋に並んでいたものを衝動買いしたのではないかと思いますが、真相はわかりません。
その星座早見盤ですが、一般向けとしては明治末期の1907年に三省堂から発売された日本天文学会編の星座早見が嚆矢らしいのです。それまでは舶来の星座早見があったとしても、その緯度が当該国の標準であるため、北緯35度基準の日本では使いづらく、日本独自の星座早見が必要だったからではないかと思います。しかしその星座早見は長らく天体に興味のある学生や研究者のものであり、一般大衆に普及するものではありませんでした。その星座早見盤があまり天体に縁のない人たちにも爆発的に普及したのは、どうやら昭和30年代になってスプートニク打ち上げ成功をきっかけとした人工衛星や有人宇宙船などがつぎつぎに打ち上げられたことや池谷関彗星などの日本人アマチュア天文家の新天体発見などの活躍により、一種の天文ブームが到来した事ではないかと思います。そのため、昭和35年ころからこの星座早見に参入する業者が増えました。その星座早見盤の代表格が明治末から製造し続ける三省堂と戦後参入組の渡辺教具製作所で、特にお椀型の渡辺教具製作所は地球儀メーカーらしく全天を半球に見立てたお椀型の星座早見盤を製作しはじめたのは昭和30年あたりとのこと。当初渡辺教具は天体望遠鏡メーカーへのOEMも多く、地元の天文クラブで使用していた半球形星座早見盤もエイコーブランドだったような気がします。この半球お椀型星座早見盤は渡辺教具製作所が特許を取得したとのこと。
その昭和30年代の天文ブーム以前にヘンミ計算尺が星座早見盤を作っていたのはあまり知られていません。というのも天文関係には関わりのないヘンミ計算尺が昭和30年代の天文ブームに乗って新たな製品展開を考えたというのなら話はわかるのですが、どうも昭和23年にはHEMMI星座早見盤が完成していたようで、それを証明するようにヘンミ計算尺株式会社の会の字が「會」になっていたり、本体表記のあちらこちらに旧字体が存在するのです。すでに市場で発売されていた星座早見の本体は紙製であったのに、ヘンミ製星座早見は本体は白色セルロイド盤の印刷で、楕円に透明抜きされた円形セルロイド盤が回転するという現在総ての星座早見が等しく備えている特徴があり、その構造で実用新案を申請したようです。大きさがコンサイス円形計算尺のような直径12cmというポケットサイズですが、もしかして日付の基線長が10インチということにこだわったのか、いかにも小さくて使いづらいもの。当時は一般的な緯度は北緯35度用で、日付の目盛は一月が3等分。時間は一時間が二等分する目盛しか施されていないというもので、昭和30年代の天文ブーム以降に発売されていたものと比べるといかにも簡易的な感が否めません。また昭和30年代の三省堂赤盤新星座早見は緯度の補正のためのサークルが印刷されていて北緯42度のうちの地方では非常に重宝しましたが、そういう配慮もまったく見られないのです。そのため、昭和30年代になったときには他に新しい星座早見が色々出来てきて時代遅れとなり、そのうち本業の計算尺製造販売が最盛期を迎えたため、本業以外のものをあっさりと切り捨てたということでしょうか?まあ考えようによっては戦前すでにこのHEMMI星座早見盤は組み立て前のパーツの状態で出来てはいたものの、戦争で不要不急の商品として発売することが出来ず、戦後の社会がやや落ち着いた頃に戦前すでに完成していた部品を組み立て、換金目的で発売した、というのかもしれません。戦後になって新製品として製造したのなら、もっと数が多く残っていて然るべきですし、改良版も一度くらい出てもいいような気もします。おそらくは昭和30年代に差し掛かり、三省堂から大幅な改訂版の赤版新星座早見や渡辺教具のお椀型が発売に至り、市場での存在価値がないと製造を止めてしまったのでしょうか?
そういえば、昔の星座で気になっていたことがあったので、検証してみるとその予想は的中しました。このHEMMIの星座早見盤はなんとアルゴ座が分割されずにそのまま印刷されているのです。アルゴ座は領域が広いために国際天文学連合の取り決めで3分割し、それぞれほ座、りゅうこつ座、とも座になったというのは小学生のときにすでに知っていたのですが、このヘンミの星座早見盤はそのままアルゴー座表記になっています。このアルゴ座分割の取り決めは第一次大戦後で世界に落ち着きが戻った1922年にイタリアのローマで開催された第一回国際天文学連合の総会で決議されたことだそうです。このときに星座の境界線などの国際基準も規定されたそうです。日本でいつ頃からアルゴ座が消えてほ座、りゅうこつ座、とも座の表記が一般的にも認知されたのかはわからないのですが、少なくとも昭和30年以降の出版物や星座早見盤などでアルゴ座の表記は見たことがありません。また星座の表記も旧字体の漢字表記が多く現在のインディアン座が印度人表記だったり、そのため、何かコピー元になるような古い星座早見があって、それをそのまま縮小サイズに設計し直したものの、もともと設計者があまり最新の天文情報などに通じてはおらず、アルゴ座が分割されていない表示が古いなどという考えもなかったのかもしれません。それを戦後そのまま売り出したものの、改訂版を作ろうという人材も意欲もなくて、本業に専念するため切り捨てたというのが真相でしょう。
でも、個人的にはポケットサイズの星座早見盤もありだと思うのですが。ただし、薄いセルロイド製星座早見は学習雑誌の付録なみのクオリティでいただけません。直径12cmの星座早見盤はいかにも小さいような気がしますが、以前新宿のヨドバシカメラで購入したシチズンの2代目コスモサインと比べれば、実用度は上だと思います。ただ、コスモサインは自動的に23時間56分で星座部分が一回転し、常にその日月のその時間の星座を表示してくれるという先進性がありましたが。
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